29 / 87

第29話

「なんだか秋斗のほうが先に行くから」  秋斗は尚も狼狽えているような、焦っているような表情をかすかに浮かべていたが、やがていつもの余裕の笑みを取り戻した。 「あー……、おまえの家の住所は知ってるから、だいだいどのあたりから分かるんだよ。オレ、地理には強いからね」 「へー、すごいんだー」  友悟は感心してしまった。  学校から友悟の家までの道は、かなりややこしいのだ。友悟も高校に通い始めた頃は何度も迷った。  スマートホンのナビを見ながら歩いても、迷ってしまう。ナビには出ていない細い道や袋小路がいくつもあり、入り組んでいるのだ。  年に何度か来る親戚の人たちも、いまだに真っ直ぐ迷わずに来れたためしがなかった。タクシー泣かせでもある。  それなのに秋斗は、進むべき道は完全に分かっているというふうに、長い脚を運んでいる。 「オレ、富士の樹海でも迷わないかもしれない。今度いっしょに行こうか? 白兎」 「えー? やだよー。さすがに樹海は迷うと思う。だって方位磁石も狂って役に立たなくなるんでしょ? 出られなくなっちゃったら、どうするんだよ? 秋斗」 「そうだなー、そのときはそこで家を建てて、二人で暮らせばいいんじゃない?」 「え……」  彼の冗談なのだろうが、友悟はドキッとしてしまった。  だって、場所が樹海っていうことをのぞけば、プロポーズの言葉みたいじゃないか。 「や、やだよー。自殺の名所だよ? 奥のほうには死体とかあるかもしれないんだよ? 怖いよ」  秋斗の冗談に、過剰に反応してしまう自分を恥ずかしく感じながら、友悟は無難な返事をした。  秋斗が切れ長の目を微笑ませる。

ともだちにシェアしよう!