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第54話
「稲葉ちゃんてば、そんなにずぶ濡れになっちゃって、寒いだろ? オレが暖めてやろうか?」
増月は顔にあからさまな好色さを浮かべて、ゆっくりと友悟に近づいてきた。
二人のあいだの距離が縮まり、増月がごつい手を雨に濡れた友悟の頬に伸ばしてくる。
その瞬間、一気に金縛りが解けたように鈍磨していた感情が動き出した。
嫌悪感が堰を切ったように押し寄せてくる。
友悟はすぐ近くまできていた増月のむこうずねを渾身の力を込めて蹴った。
「~~~~~~っ!!」
いわゆる弁慶の泣きどころを力いっぱい蹴られて、さすがの増月も声なき悲鳴をあげている。
友悟は、痛みにしゃがみこんでいる増月の横を素早く通り抜けた。
あいつがダメージから立ち直る前に、この寂しい場所から逃げ出さなければ。
こんな場所に友悟がいるなんて秋斗はまったく知らない。
ここで増月に捕まったら、それこそなにをされるか分からない。
友悟は全速力で走った。
以前のマラソンの授業のとき、秋斗に引っ張ってもらって走った、あの感覚を思い出しながら。
しかし、思いのほか早く痛みから立ち直った増月が、後ろから鬼の形相で怒声を上げつつ追いかけてきた。
えっ……? あいつ、もう立ち直ったのかよ!?
思い切り蹴ってやったのに……なんて頑丈なやつ……!
そうこうしているうちにも二人の距離はみるみる縮まっていく。
あと少し。あの曲がり角を曲がれば、校舎の正面に出る。
そうしたらたくさんの生徒や先生がいるはずだから……!
もつれて転びそうになる足を必死に踏ん張りながら友悟が曲がり角を走り抜け、勢いよく校舎の正面に躍り出ると、
「白兎!?」
そこには秋斗がいてくれた。
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