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第66話
無粋な音を鳴らしているのは友悟のスマートホンだ。
秋斗が机の上に置かれていたそれを取って、友悟に渡してくれた。
〈あ、友くん? 具合はどう?〉
通話キーをタッチした途端,母親の声が耳に飛び込んできた。
その声を聞いた瞬間、思いを伝えたい衝動は雲散霧消してしまった。
お母さんてばタイミングがいいのか、悪いのか……。
〈今ね、乗り換えのための電車待ちしてるんだけど。熱はまだ高いの? ごはんは食べた? お父さんもとても心配してるのよ。もしもし友くん? 聞いてるの?〉
「……聞いてるよ。熱はまだちょっと高いけど大丈夫。おかゆおいしかったしね。食欲があるから平気だよ」
話をしている視界の隅で、秋斗が立ち上がった。静かにドアを開けて部屋を出て行く。
階段を下りる音、脱衣所の扉を開ける音がかすかに聞こえてくる。
お風呂に入りに行ったのだろう。
〈ちゃんと暖かくして寝なさいよ。明日は食べられるようならデリバリーでも取って食べなさい。お金があるところは分かるわね? それじゃくれぐれも秋斗くんによろしく言っておいてね〉
「うん。分かった。おやすみなさい」
通話を終えると、一気に静寂が降りてきた。
ついさっきまであんなに激しく降っていた雨も、ずいぶん小降りになっている。
友悟は横になると、枕を抱え込んだ。
……お母さん。やっぱり電話をかけてきてくれたのは、タイミング良かったよ。
あのまま勢いで告白しても、玉砕が待っていただけだろうから。
だって秋斗には加納さんがいる。
きつくつむった目尻を涙が伝った。
こらえようとしても涙はどんどんあふれ出て、枕を濡らしていった……。
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