66 / 87

第66話

 無粋な音を鳴らしているのは友悟のスマートホンだ。  秋斗が机の上に置かれていたそれを取って、友悟に渡してくれた。   〈あ、友くん? 具合はどう?〉  通話キーをタッチした途端,母親の声が耳に飛び込んできた。  その声を聞いた瞬間、思いを伝えたい衝動は雲散霧消してしまった。  お母さんてばタイミングがいいのか、悪いのか……。 〈今ね、乗り換えのための電車待ちしてるんだけど。熱はまだ高いの? ごはんは食べた? お父さんもとても心配してるのよ。もしもし友くん? 聞いてるの?〉 「……聞いてるよ。熱はまだちょっと高いけど大丈夫。おかゆおいしかったしね。食欲があるから平気だよ」  話をしている視界の隅で、秋斗が立ち上がった。静かにドアを開けて部屋を出て行く。  階段を下りる音、脱衣所の扉を開ける音がかすかに聞こえてくる。  お風呂に入りに行ったのだろう。 〈ちゃんと暖かくして寝なさいよ。明日は食べられるようならデリバリーでも取って食べなさい。お金があるところは分かるわね? それじゃくれぐれも秋斗くんによろしく言っておいてね〉 「うん。分かった。おやすみなさい」  通話を終えると、一気に静寂が降りてきた。  ついさっきまであんなに激しく降っていた雨も、ずいぶん小降りになっている。  友悟は横になると、枕を抱え込んだ。  ……お母さん。やっぱり電話をかけてきてくれたのは、タイミング良かったよ。  あのまま勢いで告白しても、玉砕が待っていただけだろうから。  だって秋斗には加納さんがいる。  きつくつむった目尻を涙が伝った。  こらえようとしても涙はどんどんあふれ出て、枕を濡らしていった……。

ともだちにシェアしよう!