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第76話
秋斗の切れ長の目は、不思議な魔力でも秘めているかのように、妖しいきらめきを見せるときがある。
そんな魅惑的な瞳に真っ直ぐに見つめられると、心拍も血圧も一気に上昇し、すごく緊張してしまう。
「……バター」
「えっ?」
「口元にバターがついてるよ」
しかし、瞳の妖しいきらめきとは裏腹に、秋斗が口にした言葉はなんてことはないものだった。
「ああ……うん」
傍に置いてあったティッシュで口元を拭いながら、友悟は緊張が解けて脱力してしまった。
だが、次の瞬間。
「白兎」
「なにー? まだバターついてるー?」
「好きだ」
「――――」
ストップモーションの魔法がかかったように、刹那時間が止まる。
友悟の頭は文字通り真っ白になった。
「好きなんだ、おまえが。白兎……友悟。友達としてじゃない、オレはおまえに恋愛感情を持ってる」
切れ長の涼しげな目をかすかに潤ませて、秋斗が時間の流れを戻す。
ようやく友悟にも秋斗の投げた言葉が届いた。
好き?
秋斗が僕に恋愛感情……?
確かに彼はそう言った。
でも……。
「……うそつき」
自分の口から出たとは思えないほど冷たい響きを伴った声で、友悟は秋斗に言葉を放った。
「なっ……?」
今度は秋斗のほうが狼狽えた。
いつも冷静で、大人びている彼とは思えないほどはっきりと困惑の表情を浮かべている。
「なんでオレがそんな嘘をつかなきゃいけないんだ?」
「じゃなにかの冗談? 秋斗らしくないよ」
「友悟」
「……なに?」
「オレは、ふられる覚悟はある程度できているけど、嘘だとか冗談だとか、そんなふうにとられるのは耐えられないよ」
秋斗が絞り出すような苦しげな声で言う。
友悟は膝の上に置いた手を強く握りしめた。
「だって、秋斗には加納さんがいるじゃないか……!」
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