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第2話

「嘘だろ…」 暑くて寝苦しい夜だった。風呂に入れず渋々汗臭いまま布団に入ったが、起きれば一番風呂(しかも銭湯!)に期待で胸を弾ませていた自分を止めてあげたい。体を清めに来たはずが汗を滝のように出してデッキブラシを握った夏樹はその場にしゃがみ込んだ。 「手止めるなよー、入る時間なくなるぞ」 「詐欺だろ!!」 さすが銭湯、声が響く。声を投げた先には、だだっ広い浴槽をしゃがみながらスポンジで扱いている義人がいた。 「なんで俺掃除してるの?風呂入りに来たのに!」 「これ終われば入れるって言ってるだろ。汗だくのまま仕事行くか?」 「そっ…」 声にならないまま固まっていると、洗剤を流している義人がちらりと目をやってにこっと笑う。昼、月光湯に来た時も同じ笑顔だった。その笑顔で有無も言わせずTシャツとハーフズボン、タオル、ここまではいい。湯上りのサービス?と思っていると続いて渡されたのがデッキブラシだった。固まっていると夏樹の肩を叩きながら義人は笑った。一番風呂入りたいだろ?と。 「きっつい…」 脱衣所のベンチに座って項垂れる。ライブハウスも掃除で始まって掃除で終わるが、零された酒とゴミを綺麗に片付ければそれで上等だ。これだけ本腰を入れて掃除ってしたことあったか?しかも無駄に広い(狭い方だと聞いたが)。腕、腰、ふくらはぎ、全身に軋みを感じながら唸っていた時、首筋に冷気を感じて飛び上がった。 「お疲れ様、甘いの平気?」 驚いて振り向くと目の前に懐かしさを感じる茶色い瓶。夏樹が頷くと、二本あったコーヒー牛乳の瓶を片方寄越してくれた。一つに括っていた髪のゴムを解くと、首にかけているタオルで汗を拭きながら義人は隣に腰を下ろした。 「今お湯入れてるから少し待ってて」 「はあ。なんか腑に落ちないんですけど。掃除聞いてね~」 「言ってないからねー」 「兼谷さん人悪いですね」 「義人でいーよ。夏樹くんは偉いね、文句言いつつやるんだもん」 ぐっ、と文句を言おうとした声が喉に詰まる。悔しさに息をつきながら、瓶の蓋を間抜けな音をさせて開けた。甘ったるい、コーヒーというには薄い飲み物を喉に流し込む。 「これ、いつも一人でやってるんすか」 「基本はね。人雇えるほど余裕ないから。でもたまに手伝ってくれるよ。杉さんとか」 「ああ、喜八の…んで報酬は?」 「勿論一番風呂とこれ」 「まじすか…」 最低賃金にも及ばない。さて、と義人が立ち上がった。 「先に体流しておいで。おまけに風呂上がりもう一本つけてあげるから」 これね、と空になった瓶を揺らした。それでも最低賃金は超えないけど。

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