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雨音の家 5
二人が答えないで彼を見ていると、言葉をつづける。
「島根県で、金井さんが亡くなったって、この大学ではもっぱらの噂ですよ。自分は、倉元さんや金井さんのお二人とはよく話をしていたんです。年も近くて、研究熱心だったから」
そうして彼はドアの方を気にしながらさらに声を潜めた。広報担当者がいつ戻ってくるのかを警戒しているのだろう。
「さっきおっしゃっていた実験のことなんですけど、自分は直接は知りませんが、二人は大学を離れる前、様子が変でしたよ。急に黙ったり、ぼうっとすることがあって。悩んでたというよりも、意識が飛ぶ、みたいな感じで。研究室がなくなるから身の振り考えていたにしては、違和感がありました」
もう少し話を聞こうとしたら、広報担当が帰ってきた。准教授は話をやめた。
広報担当は資料を差し出す。大学への申請書や論文、説明資料が入っている。
「研究テーマは、記憶と脳です」と資料を見せながら彼は言った。「脳の中の記憶するプロセスの研究です。さらに、記憶する能力の拡充や失われた記憶を復活させる研究をしていました。実験は、マウスでやっていたようですね」
「実験の内容は?」
「微弱な電気信号を脳に与えたり、記憶に関係する薬物を投与したりといったところです」
「電気信号はどうやって与えていたのですか?」
広報担当者は写真を見せてくれた。マウスが頭部に得体のしれないたいそうな機器をつけていた。口の中には入りそうにない大きさだと思っていたら、広報担当者が書類をみながら言った。「最終的にはもっと小型化していますね」
「亡くなった研究者の歯から、治療とは別な金属片がでてきました。この研究室で装着されたのではないかという人がいます」と宮田は言った。
広報担当者は苦笑した。「小型化といっても、歯の詰め物にはなりませんよ。その、金属片がどのようなものか教えていただけますか?」
宮田は写真を取り出して見せる。
広報担当者は首を傾げた。「精密機器とは思えないな。ただの金属片にしか見えません」
「話によるとですが、実験器具を除去した後に残ってしまったのではないかという見方をしている人もいます」
「そうですか?」と広報担当者は言う。警察は疑い深くて困るというような口調だ。「なにか間違えて金属が混入しているものを食べてしまって、それがそのまま刺さって残ってたんじゃないですかね。現物はありますか?岩下教授に連絡して、みてもらったらどうでしょうか?」
彼は、書類をめくる。「こちらで記録している岩下教授の連絡先です」といって私大の住所を教えてくれた。
「この金属片の現物は島根です。岩下教授に連絡してみます。他の研究室の方の連絡先を教えていただけますか?」
「それはできません。個人情報ですので、正式な書類を持ってきてください。でも、みんな論文は書いているので、論文検索するとある程度名前はわかりますよ」と広報担当者は言い、書類の中の論文をいくつか示してくれた。
大学を出る際に、気が付いたことがあればいつでも連絡してほしいと念押しをした。広報担当者は期待できないが、准教授の方はもう少し何か話してくれるかもしれなかった。
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