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雨音の家 12
東城の祖父の通夜の夜のことだ。広い通夜の会場の中で広瀬が東城を探しているうちに迷って入ったのは、来場者に立食で食べ物を出している通夜振る舞いのホールだった。
人は大勢いるが、背が高い東城はすぐに見つかると思った。
だが、その考えは甘かった。会場には人が多く、長身の男性は大勢いて、さらに、全員黒ずくめのため、全く、見分けがつかなかったのだ。
きょろきょろしているように見えたのだろうか、背の高い男と目があった。
40代だろうか、彼は隣の背の高いスレンダーな美女との話をやめ、広瀬に軽く会釈をし、
「誰かをお探しですか?」と聞いてきた。
そして、数歩、歩いて近づいてきた。かなり背が高いから、見おろされる感じだ。もしかすると東城より高いかもしれない。
返事をためらっていると、彼は、広瀬に回答をうながしてきた。
「東城さんを探しているんです」と仕方なく広瀬は答えた。
男は軽く笑った。「東城なら、私もそうだが、私を探しているのではないよね。この辺のエリアは東城家が寄り集まっているから、東城は何人もいるよ。下の名前はわかる?」
「東城弘一郎さんです」
「弘一郎か。そういえば、みかけないな。探してあげよう。ついておいで」と言われる。
自分で探したいと思っているのだが、男は、勝手に身近な人に「弘一郎どこ?」と聞いてまわりだした。
会場の奥まで歩きながら時々見知った人にだろう声をかけている。久しぶりとか、最近どう?とか別な話もしている。
「さっき向こうで市村の大奥様と一緒にいたのみたよ」と一人の男が答えている。そして、男の後ろに立つ広瀬を見る。「ところで彼は誰?」とストレートに質問してきた。
男は広瀬を振り返る。「そうだった」という。「君は誰?見かけない顔だけど」
「警視庁の者です」とだけ広瀬は答えた。嘘ではないし情報としては必要最低限ですむ。
男は片方の眉だけをあげた。「弘一郎の仕事の関係者か」と面白そうに言った。
「もしかすると、祭壇のほうにいるんじゃないか」とアドバイスの声があった。「この会場にはいなさそうだから」
「そっちに行ってみる」と男は言い、広瀬を再び伴って、会場を出た。
長い廊下を歩きながら彼は笑いながら言った。「本当に警視庁の人なのか?お巡りさん?刑事さん?きれいな君に『逮捕する!』って言われて手錠かけられてみたいな」
その発言にもしかして彼は酔っているのだろうかと広瀬はあきれながら思った。
「こんな場でなんだけど、君は笑顔が素敵そうだ。さっきの通夜振るまいの会場で、みんな君のことばかり見てたの気づいた?市村家の者もうちも美人は多いと思ってたけど、君は群を抜いて美形だね。会場に戻ったら、君のこと質問攻めにあいそうだ」
特に広瀬の答えを求めているわけではなさそうだった。
しばらく行くと、「祭壇は奥にある」と男は言って、廊下の先を指さした。彼は祭壇のある部屋に入る気はなさそうだった。「弘一郎がいなかったら、会場に戻っておいで。また、一緒に探してあげるから」
広瀬は礼をのべた。いなかったら、会場には戻らず、別な方法で探そうと思った。そもそもこんなかたちで探すのではなく東城のスマホに直接電話をすればよかったのだ。
奥に行こうとすると、ちょっとまってと言われた。
「名前教えてくれないかい?」と言われた。
彼は胸ポケットから名刺入れを出すと、1枚抜き取り広瀬に強引に渡してきた。東城達史と名前が書いてある。カタカナの会社名で肩書は代表だ。
「ベンチャーキャピタルを経営している」と彼は自己紹介をした。そして、広瀬が答えるのを黙って待っている。ここまで案内されて名乗らないのか?という雰囲気をにじみだしている。
「広瀬です」と仕方なく答えた。
男は薄い笑みを浮かべた。「広瀬さん」と彼は呼んだ。「もしよければ今度食事でもどう?」と聞いてくる。「遅い時間からでもいいから。少し時間が余ったときとか、仕事以外の話をしたいときに連絡して。気晴らしになることしてあげられると思うよ」
そして、「では、また」と恰好つけていうと、立ち去って行った。
あきれてしばらく動けなかった。
なんだ、今の、と思う。最初から、嫌な予感はしていたのだが、こうも気軽にナンパしてくるとは思わなかった。男の自分を。厳粛な通夜の会場で。
しかも、彼の左手の薬指には結婚指輪があったのだ。もしかすると広瀬に話しかけてきたときに隣に立っていた派手めの美女が東城達史の妻だったのかもしれないというのに。
サンプルが少ないから決めつけるのは悪いけど、それでも、東城の家の人はろくな人がいない、と広瀬は思った。
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