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雨音の家 13

もちろんその後広瀬が東城達史に連絡をすることはなかった。 まさか、こんな、東城のマンションにまでずうずうしく訪ねてくるとは思ってもみなかった。 車には運転手がいた。達史は広瀬のために後部座席のドアをあけ、強引に彼の肩を押した。そして、自分も横に座ってきた。 運転手にフランス語っぽい店の名前を告げている。 そこは看板の出ていない隠れ家的な店だった。達史はワインを頼み、広瀬に何を飲むのか聞いてきた。 「お水を」と広瀬は店員に告げた。 「そんな寂しいこといわなくてもいいじゃないか。ワインを一緒に飲もう」と彼はグラスを二つと言っている。 大ぶりのワイングラスのなかで濃い赤いワインが揺れていたが、広瀬は水を飲んだ。 「まるで氷の女王だね」と彼は苦笑しながら言った。「この前会った時は緊張しているせいで表情が硬いと思ってたけど、君は本当につれない人だったんだね」 広瀬の反応は気にせずによく話をするところは、東城家の共通の特徴なのだ。広瀬も、気にしないことにした。東城との付き合いの中で、このタイプの人間にはだいぶ慣れた。 「君は、弘一郎の恋人なんだってね」と達史は言った。「あの時、警視庁の人っていうから、てっきり弘一郎の仕事関係で来たのかと思ったよ。まさか、あの弘一郎が君みたいに美しい青年と付き合うなんて思いもよらなかったから、正直驚いたよ。弘一郎のマンションで同棲してるんだってね」 広瀬は返事をしなかった。 「しかも、弘一郎は、市村の大奥様に君を恋人だって紹介したそうだね」 そのことをどうして知っているのだろうか。あの場には、自分たちしかいなかったのに。 「市村の大奥様がわざわざ玄関まで君を見送ったらしいね。そのせいで、君が何者で、弘一郎とどういう関係かってさかんに詮索されてたよ。市村の大奥様が誰かを丁重に見送るなんて、林田先生以来だ」 広瀬は黙っている。 「林田先生は知ってる?」そう聞かれた。今度は広瀬が返事をするのを待っている。 「存じ上げません」と広瀬は答えた。実際は、林田という苗字は聞いたことがある。 「美音ちゃんの夫だよ。美音ちゃんは知ってるよね?弘一郎の姉。林田先生を美音ちゃんが結婚相手として紹介したとき、市村の大奥様は玄関まで見送ったんだ。大奥様のお眼鏡にかなったってことだ。君も、同じだ。私の記憶の範囲じゃあ、弘一郎が今までどんな女性を連れてきても大奥様はそんなことしなかった。まあ、そこに至るほど長い時間付き合ってた女性はいなかったともいえるが」 達史はワインをゆっくりと味わっている。沈黙が流れた。 「ご用件を早くうかがえますか」と広瀬はとうとう言った。噂話を聞きに来たのではないのだ。疲れているし、今日は特にイライラしているのだ。

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