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雨音の家 14

「うーん。聞きにくい話なんだけど、率直に聞くね。弘一郎は、林田先生と弘継叔父のどちらにつくつもりなのかな」と彼は言った。 広瀬は、返事ができなかった。何の話かさっぱりだ。 「まさか、弘継叔父も知らない?」 「存じ上げません」 「何にも知らないんだな。弘一郎は、何考えて君を市村の大奥様に紹介したんだろう」とあきれたように彼は言った。 なんだ、それ、と広瀬は思った。腹立ちが増す。 「時間の無駄なので、帰ります」といい、席を立とうとする。それを相手が手を伸ばしてとどめた。 「まあ、まあ、待って。話はまだ終わってない」と達史は苦笑をする。「こんな言い方して失礼したね」 本当に失礼千万だ。 「弘継叔父というのは、弘一郎の父親だ。弘継叔父を知らないのも当たり前か。弘一郎は父親と10年以上まともに顔を合わせていないんじゃないか?君に父親の話をしないのも当然だ」 そこまで言ってから達史は真面目な顔になった。 「私はベンチャーキャピタルを経営している。私だけじゃなくて、私たち東城家は、市朋グループや市村の関係者が設立したベンチャーにかなり出資しているし、今でも投資判断が必要な案件がいくつもある。だから、市村剛が亡くなって、市朋グループの経営のかじ取りを誰がするのか、大変興味がある」 「株主総会ででも話されたらいかがですか?」 達史はうなずいた。「市朋グループを実質的に管理している市村家の株式会社がある。この株主の動向を知りたいんだ。この前亡くなった市村剛の株の多くは、本人の遺言で弘一郎が相続する。彼は市朋グループに対して大きな発言権を持つことになる。さすがにこれは知ってるだろうけど、君の恋人は、かなりな資産家になるわけだ。もともと金持ちだけど、さらに巨額な財産と一族に対しての権限をもつ」と達史は説明してくる。「どう?少しは興味がわくだろう?」 「全く」 「そう?私はこういう話は大好きだ」 「そうですか」 「東城家としてはね、弘一郎が、どんな判断をするのか大変気になるんだ。林田先生と弘継叔父のどちらを支持するのかをね。この二人のどちらが、経営権を握るのかで、市朋グループの方向性はかなり変わる。私たちも、投資判断を誤りたくない。弘一郎が、どっちにつくのか教えてくれたら、十分なお礼はするよ。君が欲しいものをあげる。お金でも地位でも、一族の中での安泰な立場でも」 どれも広瀬には関心のないものばかりだ。「本人に直接聞いたらいかがですか?」 達史は軽く笑った。「弘一郎に聞いてもはぐらかされるだけだ。彼は、金に不自由したことのない坊ちゃんだけど、計算高いからね。それに、弘一郎は東城とは名乗っていても、生まれた時から市村の家の子だ。うらやましいことだが、市村の美人女医さんたちに囲まれて大事に育てられたんだ。東城家のために何か教えてくれるなんてことはない」 広瀬は口をつぐんだ。退屈な話だ。 無関心を読み取ったのだろう、達史は話題を変えてきた。

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