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雨音の家 15

「ところで、弘一郎が君を市村の大奥様に紹介した理由は知ってる?市村家は、弘一郎に警察なんてやめて、自分たちの仕事を手伝ってほしいと言っているんだ。事務方でグループ経営の勉強して、いずれはトップに立てばいいと考えている。優秀な女医さんとでも結婚したらいいと思ってる。だから、弘一郎は、君を連れて来て、女医さんと結婚はしないことを大奥様に認めてもらったんだ」 広瀬はまばたきをした。 「何人か具体的な候補もいたらしいよ。美人で頭のいい優秀な女医さん」そう言って、少し心配そうな顔をした。「全然知らなかった?君は本当になにも聞かされていなかったんだね」と言う。「紹介された女医さんの中には、弘一郎が実際に会った人もいたらしいよ。市村のオバさんたちに押し切られてね。だいたい、あのマクベスの3人の魔女みたいなオバさんたちの要請を断ることって、誰にもできないからな」と彼は言った。 ホテルで見た東城と女性のことが頭の中に浮かんでくる。 ずっと頭から離れないシーンだ。東城は自然な笑顔で冗談をささやき、女性を笑わせていた。二人は楽しそうだった。あの美しい女性は、お見合いをした相手だったのだろうか。 東城達史が、広瀬の顔をじっと観察している。 広瀬は、ワインに口をつけ、一口、二口飲んだ。無表情は保ったままだ。 達史は、微かに唇の端をあげた。 「女医さんとのお見合いの件、もし、君が詳しく知りたいのなら、調べて教えてあげるよ」 広瀬は首を横に振った。「いりません」 「そう?まあ、気が向いたらいつでも連絡して。でも、今日の私の用件は、さっきも言ったように弘継叔父と林田先生のどっちに弘一郎が自分の持ち株を投じるのかだ。美音ちゃんも株を多く持っているけど、彼女は父親を嫌っているし、当然夫を支持する。東城の奥様、弘一郎の母親ね、はなんだかんだ言っても夫を支持するだろう。市村の大奥様は大勢を見て判断するタイプだ」 広瀬はまた首を振って見せた。「何を質問されても、知りませんし興味もありません」 「弘一郎に聞いてみてくれないか。それとなく」 「なんのために、ですか?」 「市朋グループの経営は弘一郎の財産に直結している。東城家の財政にもね。弘一郎と一緒に暮らしている君だって、利害関係者であることからは逃れられないよ」と東城達史は言った。「弘一郎は、自分の父親を嫌ってる。二人の関係は最悪だ。だけど、私はね、弘一郎が好き嫌いで経営に関することを判断するとは思えないんだ。弘一郎は、利にさとくて金の匂いに敏感なところは父親にそっくりだから」 「あなたの中ではもう結論が見えているのでは?」と広瀬は言った。 「仮説はある。でも、検証が必要だ。それで、君にお願いしているんだ。弘一郎が、今、一番心を許しているのは、君だろうから」 「それはどうでしょうかね」と広瀬は言った。そして、立ち上がった。「帰ります」 このまま達史と話していたらどんどん腹が立つだけだ。 達史は困ったように苦笑して見せる。 「怒らせたかな?それとも、最初から虫の居所が悪かった?」そして、彼も立ち上がる。「お通夜では無表情だっただけだけど、今日はなんだかきりきりしてるね。送るよ」

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