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雨音の家 16
遅い時間になっていた。広瀬が疲れ切ってマンションに帰ると、リビングのソファーで東城が書類を見ながら水割りを飲んでいた。部屋の中は静かだ。
「外車で送られてのご帰宅とは、優雅なもんだな」と東城は言った。こちらを見もしない。声が機嫌の悪さを表している。「酒飲んできたのか?誰なんだ、一体。俺と暮らしているところに、よく、これ見よがしに送られて帰ってこられるものだな」と彼はつづける。「こんな夜遅くまで」不満というレベルではない険悪さだ。
だいたい、誰のせいでこんな遅くなったと思ってるんだ。
そう思うと、他にもいろいろなことが頭の中をせりあがってきた。
気が付いたら手近にあったソファーのクッションを片手でつかむと、それで思いっきり東城の頭をはたいていた。
「わ!」と東城はグラスを揺らし、中身がこぼれる。「なにす」そう言う彼にお構いなく、何度もクッションを彼に叩きつけた。
東城は、クッション攻撃の中、書類をかばいながらグラスをローテーブルに置いた。
そして、「お前なあ、逆切れかよ」と言いながら立ち上がる。広瀬からクッションを取り上げようとし、広瀬の表情を見て手を止めた。「なんだよ?」
クッションが今度は彼の顔に当たった。彼は、広瀬の手首をつかんだ。力はそれほど強くないので、広瀬はすぐにはねのけることができた。
広瀬はきびすを返すと、リビングを出た。ウォークインクローゼットに向かう。
もう、ここにはいたくなかった。自分のアパートに帰ろう。荷物ももって行こう。
「広瀬」
東城が後ろから追いかけてくる。クローゼットのドアを開けておさえている。
「何してるんだよ」
広瀬は答えなかった。
「なんで、俺に怒ってるんだよ。誰だか知らない男に車で送られてきて、怒りたいのはこっちだろ」
広瀬は、奥からキャリーケースを引っ張り出し、クローゼットにかけてあるシャツを放り込む。スーツもだ。
「この時間に、出てくつもりか?自分に否があるから、逃げるってことか?」と東城は言う。「そういえば、お前、このところよそよそしかったよな。なんだろうって思ってはいたんだけど、俺の勘違いかもしれないし、お前を変に問い詰めたくないから黙っていたんだ。だけど、そういうことなのか?他の誰かと、」
挑発的なことを言われたので、広瀬は東城をにらんだ。
「別に女がいるのは東城さんの方なんじゃないですか」と、とうとう口にしてしまった。言うつもりはなかったのに。なんか、こんなことを言うと自分がみじめになる。
「は?」と東城は驚いていた。驚いたふりなのかもしれない。
広瀬は、彼の顔から目をそらし、荷物を詰める作業を再開した。
「別にいいですよ。好きにすれば。だけど、だったら、俺のことにとやかく言わないでください」ぼろぼろと感情に任せて言葉がでてきてしまいそうだ。そんなみっともないことはしたくない。もっと、冷静になろう。呼吸を整えて。そうだ。静かに話をしよう
「待てよ。お前、なに言ってるんだ?」
広瀬は再び東城に目を向けた。感情なんかないんだ。
「今日だって、昨日だって、どこで何をしているのか、他の誰かと寝てても俺が知ることはできない。東城さんは、俺の知る限りでも遊びに使う場所はいっぱいあるみたいだから、どこかで女性と過ごしてても不思議じゃないです」
かなり平静に話をすることができた。
口調を穏やかにして話していくと、なんでもないことなのだと思えてくる。もともと派手に遊んでた人だ。彼がそのように日々をすごしたいのであれば、それは広瀬にはどうすることもできない。
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