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雨音の家 18

しばらくたっても何も言葉がないからだろうか、「俺が触るのももう嫌なのか?」と東城はきいてきた。 「え?」 「お前に、触りたい。手、だけでもいいから」 広瀬の許可をまたず、東城は彼の片手をとった。指にふれ、絡めてくる。広瀬は東城の好きにさせた。彼は広瀬の手を自分の唇にもっていった。そっと人差し指の先に軽くキスをした。そして、ざらっとした舌の先端でなめてきた。 広瀬が抵抗しないのをいいことに、彼は、手に力を入れて、広瀬を自分にひきよせた。それにはわずかに抵抗してみせたが、東城は気づかないふりをしたようだ。 息苦しくなってくる。こんなふうに胸の中がつまることがあるなんて。 東城が「考えてみたら、俺よりお前の方が傷ついてるよな」と言った。「俺が他の誰かと寝てると思ってるんだもんな。自分のことばっか言ってごめんな」東城はでうつむく広瀬の顔を覗き込んだ。「行くなよ、広瀬。ここにいてくれるだろう。だって、お前まだ俺のこと好きだろ」東城の言葉を否定はできなかった。「俺のことなんとも思ってなかったら、こんなふうに俺に手を預けたり、そんな表情をしたりしないはずだ」 東城はしばらく広瀬を抱いていた。 「なあ、いっこだけ教えてくれ。なんで、お前、俺が浮気してるって思ったんだ?誰かがお前に言ったのか?」彼は言った。 広瀬はどうしようか考えた。口を開くとなにか言いたくないことを言ってしまいそうだ。だけど、東城はしつこくその点を聞いてきた。 「もしかして、俺の親戚がお前に言ってきたのか?」と言う。心当たりがあるのだろう。 広瀬は、ホテルの名前を告げた。東城の顔から表情が消えた。 「どうしてそれを?」と彼は低く静かな声で言った。すぐにごまかす気はないようだった。 「ホテルに、いたんです。食事をするために」と広瀬は答えた。「警察庁の、『おじさんたち』と」 東城は、うなずいた。「そういえば、そんな予定だったな」彼は、広瀬の手を引いた。「ちゃんと説明するから、だから、俺に少しだけ時間をくれ」彼は、広瀬を連れてウォークインクローゼットから出た。 それから、キッチンでグラスを二つだし、氷を入れてバーボンを注いだ。彼が、緊張しているのが伝わってくる。堅い手つきだ。 そして、その間ずっともう一方の手では広瀬の手首を放さなかった。彼が出ていくのを怖れているのだ。 グラスの一つを広瀬に渡すと、そのままリビングに移動した。ソファーに座り、広瀬も自分の横に座らせる。手を放さないままで東城はグラスから一口飲んだ。 広瀬は身構えた。東城には考える時間がたっぷりあった。真実を説明するにしても、嘘をつくにしても。

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