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雨音の家 19
「ホテルでお前がみたのは、俺と、長い茶髪の女だな。スタイルのいい、そこそこきれい目の女」と東城は確認してきた。
「その女は、ハニートラップだ」
「?」意外な話だった。どういう意味だろうか。
東城は説明した。
「今、俺がお前に話しているのは捜査上の重要機密情報だ。だから、誰にも話すなよ。その女は、俺たちの担当している案件の関係者だ。女は男にハニートラップをかけて情報を盗る。そういう職業だ。フリーランスでやってる。あっちの組織、こっちの組織から依頼を受けて、仕事をしてるんだ。それで、今回、彼女は我々に協力を申し出てきて、俺たちのチームに情報を流してくれることになったんだ。だが、協力関係が明らかになるのは好ましくないので、カモフラージュすることにした。情報交換の際には、俺が彼女のハニートラップにかかっているふりをしているんだ」と東城は言った。「俺の家族は日本でも有数の病院チェーンの経営者だ。新薬の治験協力をしたり、先端研究へも多く資金や人を投入している。おまけにおれは警視庁の刑事で捜査情報をもっている。女好きって評判だ。だから、ハニートラップをかけるにはちょうどいい人間だ。それで、彼女とホテルで会っているんだ」
広瀬は黙っていた。
彼は、広瀬の返事を待たなかった。
「彼女とは3回くらいあのホテルで会っている。ホテルはこちらの指定で、何かあったときのために、チームのメンバーが別室をとっている。チェックインして部屋には入っているけど、話をしているだけだ。だから、あの女とは全く何もない。捜査関係者とセックスしたりしたら、福岡さんは俺を殺すよ。女だって俺と寝るつもりは全くないんだ。たまたま今回彼女と俺たちの利害が一致して、協力しているだけだからな。俺と寝るほど男には困ってないだろうし」
そう言ってやっと広瀬の手を放した。そのかわり、指先で広瀬の頬にふれた。「お前に黙ってたのは、機密だったからだ。それに、まさか、お前があのホテルにいるとは思ってもみなかった。この説明はどうだ?信用できる?」
じっと自分を見ていた。落ち着いてはいたが、かなりせっぱつまった目だった。
広瀬は答えた。「わかりません。話ならいくらでも作れそうだから」
東城はため息をつく。「事実を証明のしようはない。福岡さんに確かめろとも言えないし。でも、本当のことなんだ」
「東城さんが嘘の言い訳に仕事のことを持ち出すとは思えないから、」
「信じられる?」
広瀬はあいまいにうなずいた。すると、やっと彼は微笑んだ。「よかった。もう、これで、出て行ったりしないよな」
もう一度、今度ははっきりうなずくと額にキスをしてきた。
「でも、」と広瀬は言った。
「なに?」東城は手を止める。
「今回は信じられますけど、これから後のことは、わからないです。信じられるか、どうか」
正直な気持ちだった。
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