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雨音の家 25

枝川から電話があったのは、その頃だった。 枝川は東城の中学高校の同級生で、今売り出し中のCGアーティストだ。夏に広瀬の映像を撮影し、CG加工をした動画の作品をつくった。それは無料の動画共有サイトにアップされ、そこそこの視聴回数をかせいでいるらしい。 広瀬がモデルのCGだということは、よほど広瀬と親しい人間でないとわからない。 それは、人間の形をした無機質な生き物で、海のような、宇宙空間のようなところを漂っている映像だ。顔も肢体も整いすぎていて、広瀬には到底自分が素材とは思えなかった。 それに、その生き物はひどく残酷で、見るものを全て破壊していくのだ。何の理由もなく、ただ、壊していく。そして、止めることができる者はいない。 東城は、その作品を見ていい顔をしなかった。自分にはよさはわからないと言っていた。 東城は他の作品だって褒めたことがないのだから気にしないよ、と枝川は笑顔で答えていた。 枝川は、作品をさらに拡充しようとしていた。少し話題になっているので、自分の売り込みに使おうと思っているのだ。 枝川から電話があったとき、何か追加で依頼されるのかと思った。だが、用件は違っていた。 「広瀬さん、忍沼拓実という人を知っていますか?」 「え?」広瀬は聞き返した。 「おしぬま、たくみです」と枝川はゆっくり言い、名前の漢字も告げた。 広瀬はしばらく考えた。学生時代の知り合いだろうか。それとも、警察学校のころの誰か。最初の配属先の北池署、と頭の中を探す。だが、全く覚えがなかった。 「いえ。知りません」と広瀬は答えた。 「実は、ネットの動画をみて、忍沼拓実という男性から僕宛にメールがあったんです。広瀬さんの子供のころの友人で連絡をとりたい。連絡先を教えてくれないかって。広瀬さんの名前を知ってて、子供のころの写真も送られてきたんです。だから、もし、広瀬さんが知っている人なら、と思って」と枝川は言った。 広瀬は首をかしげた。子どものころの知り合いと言われても覚えていない。 「その人の連絡先と送ってきた写真のデータメールで送りますね」と枝川は言った。「連絡したくなかったら無視していいですよ。この人は広瀬さんの名前を言ってきたからつなぐだけですから」 しばらくして枝川からメールが来た。 添付されている写真を見た。 屋外で撮影された集合写真だった。 大きな木の下の芝生の上に椅子を置き、10人ほどの子供と数人の大人が並んで写っている。 広瀬は自分が前列の右の端にいるのをみつけた。 3~4歳くらいでかなり幼い。子どもの中では自分が最年少のようだ。他の子供の年齢はバラバラだが、一番大きい子供で小学校4年生くらいまでに見える。子どもは男の子も女の子もいた。着ている服は半そでやノースリーブで、裸足にサンダルもいる。夏のようだ。サマーキャンプのようなものなのだろうか。 だが、大人たちは全員男性でスーツを着ていた。 子どもも大人も明るい太陽の下開放的で緑豊かな場所にいるのに笑顔はなかった。 撮影者が笑顔を促さなかったのだろうか。 緊張した様子でカメラをじっとみている者が多かった。 子供の頃の自分は、カメラを見ていなかった。椅子に座り足をぶらぶらさせて遠くを見ていた。 集合写真は苦手で小学校に入ってからも毎年逃げだしていたから、こんな風におとなしく座っているだけでも珍しい。 だが、こんな場所も写真も、全く覚えていなかった。両親の姿は写真にはない。どこにいるのだろうか。 この写真の子供は確かに自分だった。この写真のデータをメールで送ってきた忍沼拓実とは何者だろうか。 枝川からのメールは、忍沼のメールをそのまま転送してきたものだった。 忍沼は、丁寧に挨拶を書き、ネットの動画を視聴したことと素晴らしい作品についての称賛の言葉を書いていた。文章は丁寧で礼儀にかなっていた。 そして、動画のモデルは広瀬彰也ではないか、と固有名詞を書いていた。 自分は子供のころ広瀬彰也の友人で、動画をみて懐かしかった。ぜひ、広瀬彰也に連絡をとりたい。子どものころの知り合いだという証拠に写真を送る。自分は、広瀬彰也の隣に座っている。 写真を見ると幼い自分の隣に少年が座っていた。 子供たちの中では年長で小学4年生くらいだ。彼はカメラを睨むようにしていた。そして、幼い広瀬の手を握っていた。広瀬がどこかに行ってしまわないようになのか、それとも何かから守ろうとしているのかはわからない。 広瀬は、メールを閉じた。 全く覚えがなかった。誰なのだろうか。そして、この写真の集まりはなんだろうか。 広瀬は、忍沼拓実にメールを送ってみた。

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