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雨音の家 28

その家の脇の駐車場に東城は車をとめた。 ドアのロックを開けて外にでる。車の中に残っても仕方ないので広瀬も後に続いた。 東城が、鞄から茶封筒を取り出しさかさまにしてふると鍵がでてきた。ドアをあける。 中は薄暗く、人気は全くなかった。 かすかに、白檀の香りがした。玄関の靴箱をあけると、新しいスリッパが並んでいた。東城は2足とりだして一つは広瀬のために床に並べた。 「この前、母親たちが来て空気いれたらしいんだが、やっぱりこもってるな」と東城はやっと口を開いた。 明かりをつけながら廊下から部屋に進み、ガタガタと音を立てて雨戸やカーテン、窓を開けると風が入ってくる。 ガランとした部屋だった。 隣の部屋は、庭に面していた。濡れ縁があり、その部屋からは直接庭に降りられる。 「この庭も伸び放題だな」と東城は言った。 そしてやっと広瀬の方を見る。「で、どう思う?」 「どうって、なんですか?」と広瀬は聞いた。なにがどうもあったものではない。 「なんですかって、お前、やっぱり人の話聞いてなかったな」と東城は言う。「おとといの夜話しただろう。この家のこと」 広瀬は覚えていない。仕事のことを考えていたときに東城がなにやら熱心に話しかけてきたのだが、生返事をしてほとんど聞いていなかったことは思い出す。 「まあ、そんなとこだろうとは思ったけどな」と彼は言った。「ここ、俺の家になるんだけど、どうだ?」 広瀬は答えられない。 何がどうだと聞かれているのかもわからないので、正しい答えが見つからないのだ。 東城は説明した。 この前亡くなった市村の祖父が、彼にこのあたりの不動産を遺言で残したらしい。 先ほどみた美術館ような建物は、いってみれば本館だ。 昔、祖父母が診療所をしていた場所で、周辺も買い取り住居にしたのだ。だが、子供も巣立ち祖父母だけになるとその大きな家では暮らしにくくなり、建て直して今は市朋会の施設として利用している。 小さな記念図書室、研修や会合、パーティなど様々な用途があるらしい。祖父母は敷地内にこの家をたてて住んだ。 しかし、祖父母がこの家に住んだのは数年で、祖父の具合が悪くなったり、忙しかったりで、都心のマンションにうつっていて、最近は誰も住んでいない。 相続税や事業の関係から、本館の建物は市朋会がそのまま東城から借りる形で利用することになっている。 この離れの家をどうするのかを東城は家族や市朋会から聞かれているのだ。 自分で住むか別な施設にするか。利用しないままでは朽ちるだけで防犯上も好ましくないので壊してしまうという案がある。場所が場所だけに他の誰かに貸すというわけにはいかない。 家の中を回りながらそんな説明を受けた。

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