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雨音の家 36
カフェで、忍沼はアイスミルクを頼んでいた。
彼は、椅子に座ると広瀬をまぶしそうにみた。
「あきちゃん、全然変わっていないね。あの時と同じだ」と言った。彼はごそごそと肩にかけていたカバンから写真を出した。広瀬に送ってきたのと同じ写真だ。どこかのキャンプ地のところにいる子供と大人の集合写真。
「ほら、これ、あきちゃんだよ。とてもきれいでお人形さんみたいだった。今でもそうだね。すごくきれいだ。こっちは僕」と彼は指で示す。
「この写真のこと、教えていただけますか?」と広瀬は聞いた。「俺は、全く覚えていないんです」
「この時、君は4歳くらいだった。この大人たちは、大学の先生や研究者たちだ。夏休みで僕たちは2週間くらい一緒に暮らしてたんだよ。この施設で実験をしていたんだ」
「実験」
「そうだよ。びっくりしないで聞いて欲しいんだけどこの大人たちは僕たちで実験していたんだ。それも怖ろしい実験だ」そういいながら彼は写真の子供たちを指さす。「この子供たちの中の4人はもう亡くなってる」彼は子供たちの名前を次々に口にした。広瀬は途中で彼の言葉を遮り、名前を聞き返した。
「岩下さん、ですか?」
岩下教授のことだろうか。自殺した研究者が所属していた研究室の元教授だ。こんなところで、その名前をきくなんて。
「そう。この女の子。僕と同い年だった。この写真の翌年に亡くなったんだ。川で溺れて、事故ってことになってる。でも、それはこの実験のせいなんだ」
「岩下さんという人のお父さんは、この中にはいますか?」広瀬は写真を示す。
「ここにはいないけど、カメラの側にいたよ。大学の研究者だ。今は、大学を辞めてる。ちょっと前まで教授だったんだよ。自分の娘を犠牲にして実験してたんだ。マッドサイエンティストだよ」忍沼の口調が早口になる。「だから、僕は君を探してたんだよ。君は、実験の途中で来なくなって、どこにいるのか、どうしているのか何もわからなくなってしまったから。ずっとずっと心配していたんだ。君が無事でよかった」彼の手が伸びてきて広瀬の手をとるのを避けることはできなかった。
「会いたかった」
「忍沼さん」広瀬は聞いた。「実験って、何の研究がおこなわれていたんですか?」
「記憶の実験だよ。この大人たちは脳の記憶の能力を拡張させようとしていたんだ。人間の能力をいまより飛躍的に伸ばそうとしていた。僕たちは定期的に集められてね、実験したりテストしたりしてた。この夏休みは特別に長かったけど、この前後でも毎月集まっていたんだ。君のお父さんも実験にはきていたよ。君を連れて研究所に来てた。でも、岩下さんたちが事故で亡くなって、君は急に来なくなった」忍沼の手の力が強まる。「あの時は僕は子どもだったから、君を探すことができなかった。僕たちは実験の生き残りだ」
広瀬は忍沼の手と目を交互に見た。彼はまっすぐ自分を見ている。揺るぎない視線だ。
「怖がらなくていい。僕は、君を守りに来たんだ」と彼は言った。
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