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春の酔い 8

「前後のこと覚えてないんだよ。こういう脳震盪で記憶飛ぶと思い出せるかどうかわからないんだってさ。だから、聞いた話を頭の中で整理してるところ。ガサ入れしたら、想定より向こうが人数が多くておまけに武闘派でさ、かなり乱闘になったらしい。狭い場所でこっちもごちゃごちゃしてて、もみ合いになったんだってさ」と彼が説明する。 「竜崎さんから連絡があって、どうも、竜崎さんをかばおうとしてたらしい。自分のせいでケガさせて申し訳ないって、恐縮されたよ」 そういうことか、と広瀬は思う。東城は、身のこなしがよくて、喧嘩も場数を踏んでいる。乱闘になっても目配りがきくから、無抵抗で誰かに殴られるというのは考えにくかったのだ。誰かを守るために身体を出したというのなら、怪我をした理由は納得がいく。 「おまけに、気が付いた後の言動が変だったらしくって、福岡さんがやたらと心配してたんだってさ。珍しいよ、福岡さん、誰かのこと気にするタイプじゃないから。俺、変なこと口走ってないといいんだけど。上司の悪口とか」と言いながら笑っている。 そして、広瀬のベルトを本人に断りもなく緩め、シャツの裾をひっぱりだして手を入れてきた。肌を優しくなでられる。彼の大きな手の暖かい感触が心地いい。触れられているうちに頭の中のどこかがしびれてくる。 「寝てなくていいんですか?」と広瀬は聞いた。頭は特に包帯をしているわけではない。頬の殴られた跡がやや黒ずんでいる程度だ。 東城はうなずいた。 「ずっと寝てたから、寝るのには飽き飽きしてる。退屈で、かといって何かしたくもないし。だから、お前を待ってたんだよ。早く帰ってこないかなって。体調はまあまあ、かな。明日には仕事行く。この後、急に頭痛くなったり吐き気がしたらすぐに病院に来いって言われてる。それと、当分、激しい運動はするなって」と彼は言った。 そして、広瀬のネクタイも緩め、白いワイシャツの一番上のボタンをはずす。喉に唇を当ててきた。「セックスって激しい運動に入るのか?」 「やりかたによるんじゃないですか?」と広瀬は答えた。

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