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春の酔い 13
ところが、広瀬は、ふふっと笑い出した。こんなふうに楽しそうにくったくなく笑う広瀬はめったに見ない。満面の笑みだ。
「そんなこといって」と広瀬は言った。「べっどに、、なんて」彼は笑っている。「なに、いやらしいこと、いって」と言って笑った後で、彼の頭がぐらっと後ろに倒れそうになる。
思わず手を伸ばして彼の頭を支えた。
「こら、ちゃんと、、わ?!」
急に広瀬が手を伸ばして東城の首に腕を絡ませてきたのだ。
彼は、目を閉じていて、唇を重ねてきた。舌が東城の唇をなぞり、中に入れろとせがんでくる。口を開けて舌を吸ってやると、しばらく力を抜いて東城の好きにさせていた。
こう身体が近いと、広瀬の汗と体臭と誰かのたばこの匂いがわかる。飲んでいた場所の匂いが移ったのだろう。
「お前の口の中、酒の味しかしない」と東城は言った。
広瀬は、また、目を開けていた。笑顔のままだ。
東城は彼の脇に腕を入れて、たたせた。広瀬は抵抗はしないが、協力的でもない。
「とうじょうさん」と彼は言った。
「なんだよ」
数歩歩くうちに、何度も何度も名前を呼ばれた。声が、舌足らずだ。
リビングの手前は暗い。灯りのスイッチをつけなければならないのだが、広瀬が重くて手がふさがっており、思うようにいかない。
スイッチをつけようとしていたら、その間に、広瀬は東城の手からすべりおりて、また、廊下に足を投げ出して座り込んでしまった。
東城は灯りをつけ、ため息をついた。
「とうじょうさん」と広瀬は彼を見上げている。
とろんとしているがまあるい目だ。
「はいはい」と東城は生返事をした。この酔っ払い、あきらめるのはしゃくだが、やっぱりこのまま転がしておこうか。
「立てない?」と彼の前にしゃがんで聞いてみる。
広瀬は首を横に振った。立てないのか、立つ気がないのかは追求しても無駄だろう。
彼がまた手を伸ばしてくる。キス魔か、と思った。酔った勢いで他の奴にしてないだろうな、とありえない想像が頭をよぎる。
だけど、今度は違った。広瀬は甘ったるい声で言った。「とうじょうさん、だいすき」そして、顔を胸にこすりつけてきた。
東城は、聞き返さなかった。
そんなことをしたら、今の言葉が逃げて行ってしまいそうなので。
「だいすき」と広瀬は胸に顔をつけたまま、また言った。「すごく、、すきです」
手がシャツをぎゅっとつかんでくる。
東城は刺激を与えないようにそっと広瀬の肩に手を当て、ゆるく抱きしめた。
酔っているとはいえ繰り返し告げてくる広瀬の声が耳の奥から身体中に染みてくる。
「おれをおいて、、どっかいったり、しませんよね?」彼が問いかけてくる。小さな声だ。
「もちろんだよ」と東城は答えた。「お前を一人にはしない」
「かばって、けがしたりするなんて」
「もうしない。約束するよ」
彼は満足げに喉を鳴らしている。「あたりまえですよ」と文脈がつながらないことをいばって言った。
心臓がドキドキしているのが、広瀬を刺激しないといいんだけど、と思った。このまま彼を抱いていたい。広瀬は、彼の腕の中でじっとしている。静かだ。
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