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春の酔い 21

「それが、お前の『鬼の子』?」話を聞き終わり、東城は怪訝そうだ。 「そうです」 「なんだよ、それ。子どものころの夢?」 「夢じゃないです」 「でも、鬼の子どもだったんだろ。角があったって、そんなことあるわけないだろ」 そうしつこく言ってくる東城に広瀬の方が怪訝な気持ちになる。 「鬼の子のことは、今まですっかり忘れていました。どうして、酔ってそんなこと東城さんに話したんでしょうか、わからないです」 「その後、その子どもには会わなかったのか?」 「はい。次の年も、そのキャンプ場に行ったような気もするんですが、そうじゃなかったのかもしれませんし、なんにしても、会っていません」 「ずっと会いたいと思ってるとか?」 「え?まさか。何でですか?」忘れてたって言っただろうに。 「いや、なんとなく」と東城は言った。「でも、もし、会えたら、どうする?」 「どうって、どうもしません」相手は鬼の子だ。いや、今は子どもではなく鬼かもしれない。 「そうか」と東城は少し安心したように息をついていた。 「そういえば」と広瀬は言う。 「何?」 「あのバナナは美味しかったです。甘くて、優しい味で。今まで食べた中では一番おいしいバナナでした。あれはもう一回食べたいです」 「バナナね。お前らしいと言えばお前らしい話だな」と東城は言う。「バナナ食いたいんなら世界中の最高級バナナ取り寄せてやるよ。そんな角の生えたガキのバナナよりうまいやつ」 「ただの思い出話ですよ」と広瀬は呆れて答えた。「変なモノ取り寄せたりしないでくださいね」 東城は笑った。

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