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夏休み 4
東城は首を縦に振らない。「東城の家のことって、他にも親戚はいるでしょう」
「あなたが家出してどうしても家に戻りたくないっていったときに、家を提供してあげたのは誰?」
「なにかっていうとそれだ」と東城は小さい声だが相手に聞こえるようにいう。
「何?聞こえないんだけど」と岩居の叔母があえて聞き返している。
「俺がガキの時、マンション貸してくれたのは叔母さんですけどね」と東城は答えた。
「そうよ。みんなあなたのことで困ってたから、私も親戚だし、少しでも役に立てればって思って助けてあげたんじゃない。そうやってね、大人ってものが色々とわきまえて助け合ってるから生活できているんでしょう。あなたももう大人なんだから、今度は協力する側になりなさい」
「俺の意思はないの?」と瑞斗が口を出す。「俺、嫌だよ、こんなとこ」
「瑞斗。でも、他にどこに?」と若山さんが口をひらいた。
「うるせえなあ、ばばあ。あんたは関係ないだろ」と瑞斗は若山さんに乱暴な口をきいた。
東城は手を伸ばして瑞斗の頭をはたいた。「こら。女性になんて口きくんだ」
瑞斗は頭をおさえた。「いた!ひどいよ。おばさん。俺、こんなうちにいたら、殴り殺されちゃうよ」そう言いながら東城を睨みつけている。
「お前が悪いんだろうが」と東城は言った。「ちょっとこずいただけでピーチクうるさいガキだな。殴り殺したりはしないけど、その口のきき方だとそれに近いことがあるかもな。いっそ、今そうして、美音子さんの医療センターに2週間くらい入院させてもらったほうがいいんじゃないか」
「いいかげんにしなさい」と美音子が東城をたしなめる。「大人が子供を脅かさないでちょうだい。それでね、広瀬さん」と急に美音子が話をふってきた。「あなたには申し訳ないのだけれど、しばらく一緒に暮らしてくださらないかしら」
「広瀬は関係ないだろ」と東城が横から口をだす。
「一緒に暮らしているんだから、広瀬さんの了解がないとだめでしょ。広瀬さんは、協力してくださるわよね。お手間かけることもあると思うから申し訳ないんだけど」と美音子は広瀬に言った。
「はあ」と広瀬はあいまいに答える。この論争に参加する気はなかった。だが、美音子はその返事を強引に同意とした。
「ほら、広瀬さんは手伝ってくださるわ。弘一郎さんも、協力してくださいね。部屋は、二階のあの角の客間がいいわ。明るいから。荷物は全部もってきているから。運ぶの手伝って」美音子さんが全てを決めて立ち上がりながらいった。
「まだ、いいとは言ってないんですけど」と東城は言う。
だが、美音子と岩居の叔母にじっとみつめられてため息をついた。
そういえば、ずっと前に東城が俺の座右の銘とかいって『女には逆らうな』と言っていたのを広瀬は思い出した。確かに、この雰囲気では逆らうことはできない。
「わかりましたよ。でも、ほんとうに俺、ほとんどこの家にいませんよ」
「朝と夜はいるんでしょう?そのときに瑞斗くんが家にいることをチェックしてくれればいいわ。夜中に外に出歩いたりしないようにはできるでしょう」
「夜にいるって言われても、飲み会で深夜に帰ることもあるし、泊りがけの仕事も。広瀬だって忙しいし」
「泊りがけのときは言ってくれればだれか交代で泊まりに来ます」と岩居の叔母が言った。
「そうだわ。来週になったらお母さんが学会から帰ってくるから、お母さんに来てもらって、泊まってもらったらいいわ。お母さん喜んでくるわよ」と美音子さんが言った。
「いえ、それは結構です。こちらで責任をもって対応します」と東城はあわてて答えていた。
東城と広瀬は車につまれた大きなスーツケースを3つとバックを1つ運び込んだ。
「2週間ばかりのことでなんでこんな大荷物」と東城がブツブツいっていた。
しかし、若山さんがスーツケースをあけて荷物を部屋に整理しだすと口をつぐんだ。
荷物には少年の生活用品が全部雑多につめこまれていたのだ。2週間の旅行とは思えない不必要なものも大量に入っている。
瑞斗はほんとうに帰るところがないのだ、と広瀬は理解した。どんな事情があったかは知らないが、父親の家から荷物をまとめて追い出されてしまったのだろう。そして、人一人の荷物がこれで全部かと思うと少ないような気もした。
東城もそれがわかったのだろう。もう何も言わなかった。彼は瑞斗の部屋になる客間のクーラーをリモコンで操作し、部屋を冷やした。
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