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夏休み 5

瑞斗は不満を最大限に表現していた。スーツケースを運ぶの手伝わず、部屋をみることもせず、ただ、リビングのソファーに座り込んでいた。 口をへの字にして、じっと床をみている。 荷物があらかた片付けられた後、美音子たちはあっという間に帰っていった。東城の気が変わる前にと思ったのだろう。それに、美音子も岩居の叔母もそれぞれの仕事が忙しいのだ。 若山さんが心配そうに瑞斗声をかけたが、返事をしなかった。彼女は名残惜しそうに去っていった。 東城は、3人の女性を見送ったあと、やれやれと言ってダイニングに入った。「飯の途中だったの忘れてた」と彼は言った。 夕食はすっかりさめていたので、広瀬は電子レンジに入れてあたため直す。 「おい。お前、夕飯食べたのか?」と東城は瑞斗に声をかけた。 瑞斗は返事をしない。 「ったく。面倒なガキだな」と東城はいい、それ以上は話しかけなかった。 食事を終えてリビングに戻ると、瑞斗はさきほどと同じ姿勢でまだじっとしている。 東城は、彼の前に座った。 「明日は早くに仕事に出るから、今のうちにルールを決める」と言う。 瑞斗はちらっと東城を見た。「ルールってなんだよ」 「俺は、お前に干渉しない。そのソファーに座ってたかったらいつまででも座ってたらいい。そのかわりお前も一定のルールを守ってもらう。まず、あいさつしたくなかったら朝起きてくるな。朝、あいさつされないとイラっとするからな。ドアはノックしてからあけろ。夜、俺が帰ったときにいなかったら、警察に通報する。お前も知っている通り、俺は警官だ。このあたりの青少年関係の部署には知り合いが大勢いる。お前がどこにいても、連れ戻してもらうからそのつもりで。ルールは以上だ」 瑞斗は上目遣いで東城を見た。「なにそれ」と言う。 「簡単なルールだろ。8月30日まで2週間だ。このルールさえ守ってれば、後は好きにしてろ。うちの中を自由にしてていい。何食ってもいいし、好きなとこに行っていい」 「へえ」と瑞斗は言った。肩をすくめる。 「ところで、ほんとに腹減ってないのか?俺、もう寝るから夜中に冷蔵庫ごそごそされたくないんだよ」 瑞斗は東城と広瀬をみている。なんと返事したらいいのかわからないようだった。 「やきそばでも食べる?冷凍のだけど?」と広瀬が言った。 瑞斗はうなずいた。

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