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夏休み 8

次の日は広瀬は休みだった。朝食をとってソファーでごろごろしていると瑞斗が降りてくる。彼は広瀬がいることに驚いていた。 「おはよう。ご飯は?」と話しかけると、 「食べる」と小さい声で答えた。 広瀬は、キッチンに行き、パンを焼く。「コーヒーは?」 「いらない」 「何飲む?」 瑞斗は冷蔵庫をあけて自分で牛乳を取り出している。 朝食を食べながら瑞斗が質問してきた。「広瀬、昨日はどこに言ってたの?朝早くから夜遅くまで」 不思議な質問だ、と思ったが、「仕事」と答えた。 「仕事してるんだ。へえ」と瑞斗は言う。なんでそれがへえになるんだろうか。「今日は仕事しないの?」 「今日は、休み。明日はまた仕事に行く」 「毎日仕事?」 「そうだよ」 「へえ」 「普通だと思うけど」 「愛人は仕事なんてしないんだと思ってた。家でぶらぶらしてるか買い物でもしてるのかと思ってた」 「はあ?」なんだそのイメージは。金持ちの囲われ者か。第一愛人ってなんだよ。 「俺のオヤジに女がいるんだけど、その女なんにも仕事してないよ。家にいて、俺にごちゃごちゃいうだけ。それか、洋服買いに行ってるか」 ああ、なるほど、と広瀬は思った。正確な事情はよくわからないが、瑞斗からみると父親と一緒に暮らしている女性が愛人のイメージなのだろう。 そう考えをめぐらしていたら、急に「広瀬、弘一郎の愛人なんだろ」と瑞斗の声が落ちてきた。 広瀬は絶句して瑞斗をみてしまう。瑞斗も広瀬が珍しく表情を変えたのに気づいたようだった。 「違うの?」 「違うって言うか」 「オバさんたちがそういってたよ。あ、俺をこのうちに連れてきたオバさんたちがじゃないよ。俺のオヤジの姉とかそのへん。若山さんが、誰かに相談して弘一郎に交渉しようってことになったって言ったら、弘一郎のこと例のすごい美人の愛人が一緒に暮らしているから無理でしょうって言ってた。それに、俺を連れてきたオバさんたちが、弘一郎はごちゃごちゃ言うだろうけど、広瀬の協力を得れば大丈夫って言ってたから、このうちでは断然立場が強いんだって。愛人が男とは思わなかったけど。弘一郎の愛人じゃないの?」 「うーん」広瀬は返事に困る。 「愛人じゃないんだったら、なに?」 「知らない」と広瀬は答える。「東城さんにはオバサンたちがそう言ってたって言わないほうがいいよ」 「弘一郎に?俺からは言わないよ」と瑞斗は答える。「でも、愛人じゃないんならなに?一緒に暮らしてるし、寝室も一緒だったじゃん」瑞斗はしつこい。 「あー、もう、愛人でいいよ。仕事してる愛人もいるんだよ。これでいい?」と広瀬は答えた。赤くなるのが自分でもわかり、瑞斗から顔をそむけた。 「そうなんだ」瑞斗はうなずいている。納得したのかどうかはわからなかった。

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