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夏休み 19

次の日、瑞斗は昼間に庭に子猫がいるのを見つけた。その話を広瀬にしたら、興味をもったようだった。 「だけど、猫にエサはやったらだめなんだ」と広瀬はつまらなさそうに言った。 「どうして?」 「美音子さんに言われてるらしい。猫がいつくと近所迷惑になるからだ」 そういいながらも、広瀬は瑞斗と一緒に庭に出て、子猫を探した。耳を澄ませると小さい猫のにゅあにゅあという鳴き声がする。懐中電灯でその方角を探した。 だが、突然、子猫とは違うがさがさっという音が庭の向こうでした。そして、夜の闇を背負って、鍵の壊れた裏門の方角から、勝手に入ってきたヤクザが現れた。 「彰也」と声をかけられた。低い冷たい声だ。 広瀬は顔をヤクザの方にむけた。庭の灯りの下に照らされた彼の横顔からは感情がわからない。 「やはり、この家にいたんだな」と男は言った。彼はしげしげと家や庭をみる。「相変わらず金がかかっている家だな。お前の男は何者だ?下っ端の刑事が賄賂貰って建てる以上の家だぞ。寒い国の機関の手先でもしているのか?」 「不法侵入ですよ」と広瀬は言った。 ヤクザは薄く笑う。「お前はいつもそういうことを言っているな。効果はないのに」 広瀬は相手を知っているようだった。広瀬は、瑞斗に言う。「中に入って、鍵をかけて」 「でも」と瑞斗は答えた。 「そっちの子どもは誰だ?」とヤクザは瑞斗のことを聞いてくる。「この前もこの家にいたな。留守番とか言ってたが、お前の新しいボーイフレンドなのか?やけに若いが、3人で暮らしているのか?」 「出て行ってください」と広瀬は言った。強気だ。 「そうはいかない。こんな風にお前に会えるのはめったにない。約束したというのに、お前はそれを反故にするつもりなのか?」ヤクザは答えた。「約束しただろう。3回会うって。約束だから、こうして穏便に会っているんだ。お前が破るつもりなら、こちらも穏便にはしない」 広瀬は黙ってヤクザを見ていた。何かを考えているのか。 「子どものいる前で、犯されたいのか」とヤクザは言った。「この場で、前みたいに裸にしてやろうか?お前はあの時怯えていたな」声のトーンは変わらず氷のようだ。 瑞斗は広瀬とヤクザを交互に見た。広瀬を守らなければ、と思った。このヤクザ、何をするかわからない。でも、どうやったら守れるんだろうか。 「約束さえ守ってこのまま俺についてくれば、お前もそっちのびくびくしてる子どもも無事でいさせてやれる。一緒に、お前と俺とで、そうだな、旨い酒を飲んで話をするだけだ。それ以上のことはしない」 「場所は?」広瀬は聞いた。「お前の家には行きたくない」 ヤクザはうなずいた。「希望は叶えてやる。ただ、暴対法のおかげで警察がうるさくて普通の店では遊びにくいから、特別な店になる。案内しよう」 瑞斗は広瀬のシャツの裾を触った。「行くの?」 「すぐに家に入って、鍵をかけて」と広瀬は瑞斗に言った。 「だめだよ、広瀬。そいつ、広瀬に何するかわからないよ」 ヤクザは瑞斗の言葉を聞いている。「その子どもも連れていくか?若いのがいるから遊ばせてやってもいいぞ」 広瀬は、瑞斗にもう一度家に入れと言った。彼は、瑞斗の手を裾からそっとはずし、静かに言った。「心配しなくていい。家にいたら、すぐに戻ってくる」 そうして、ヤクザに連れられて行ってしまったのだ。

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