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「シャワー…浴びた方が良かった?」 薄暗い部屋に、ベッドのスプリングが軋む音が響く。 瞼を開けばすぐそこに触れたいと願った男がいるというのに、彼の瞳に映るのは僕じゃない“あの子”で。 いつもは煩わしく感じていた敬語が、この瞬間は恋しく思えた。 「僕も、だし…平気だよ」 「…そっか」 柔い髪を梳く大きな手も。甘く響く低い声も。 どれも愛おしいと思う一方で、八代の優しさを感じるほど 喉元がきつく締め付けられるようだった。 「ちょ…っと、待って…」 そっと胸を押し返すと、男は見たこともない顔をして「どうした?」と訊ねてくる。 その瞬間、僕はやっと気がついた。八代は本気で“薫”のことが好きなのだ。そして、ここにはもう“三枝先輩”はいないのだ、と。 「…ぼ、僕に…させてくれ」 八代の中の薫が果たしてどんなイメージなのかは分からないが、これは完全に“僕”の願いだった。 しばらくの沈黙の後、「分かった」と言って 素直に僕の上から退くところを見る限り、決して嫌がっている様子は窺われない。 「そこ、…座って」 「…あぁ」 僕は床へ降り、八代にはベッドの端に腰掛けるように促す。彼の足の間に正座をすると、ズボン越しにフローリングの冷たさを感じた。 「その、目隠しとか…する?」 「え?」 「…いや。見えない方が、いいかなって…思って」 「それも…そう、ですね」 “僕”へ向けられたほんのわずかな時間。 それだけで、八代に“僕”を見る気は少しもないのだと改めて思い知らされる。 「…キツくない?」 「えぇ」 自らのネクタイで彼に暗闇をもたらし、 一度大きく息を吐いた。あまりの虚しさに泣いてしまいそうだったからだ。 「嫌になったら言って。…圭介」 目隠しをして 良かったことは、情けないであろう今の顔を見られずに済むということ。 それから、僕の想いを見透かされる心配がないということ。

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