128 / 241

『彼女』ってだれ?

 キッシュを二、三個口に放り込んだあと、カールトン卿はそう言った。  彼はいったいどうしたのだろう。  口調はどこか強張っているように思える。    カールトン卿の仕草に連動して、張り詰めた空気が室内を覆った。だからセシルは彼からの質問があまりいいものではないことを察した。  緊張した雰囲気が漂う。けれども腰に回された彼の腕はずっと強くなる。だからセシルの心に怯えはない。カールトン卿に守られているとそう思えるから――。彼が側にいるだけで――こうして抱きしめてくれるだけで、できないものは何もないと思えてしまう。  カールトン卿は不思議な人だ。卑しい身分の自分が英雄になったような気分にさせてくれるのだから……。 「……はい」  カールトン卿の言葉にセシルはゆっくり頷いた。 「話をむしかえすようで悪いが、今から一週間ほど前、グレディオラス卿の屋敷で攫われたことがあっただろう? 君を攫った男たちに見覚えはあったかい?」 「いいえ。まったくありません」  ……そういえば、そういうこともあった。当時を思い出せば恐怖がないというのは嘘になるが、それでもセシルからすれば、もうすっかり過ぎ去った過去のひとつになっていた。  それよりも盗賊に攫われそうになってから、まだ一週間しか経っていない事実の方がセシルを驚かせた。  なにせあの出来事があって以来、カールトン卿への恋心を自覚したのだ。セシルの意識はずっと彼に向いている。無理もないことだとセシルは思った。

ともだちにシェアしよう!