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惑わされる。
「――いや、嫌なことを思い出させてしまったね」
彼は、はっとしたようにセシルを見下ろし、微笑を浮かべた。しかし、その笑みは硬い。彼の顔面が蒼白していた。
「いえ、僕は大丈夫です。あの、ヴィンセントこそ大丈夫ですか? 大分お疲れのようです。今夜はもうお休みされてはいかがですか?」
何しろ、カールトン卿はここ最近ずっと昼夜を問わず、公務に追われていた。眠る時間すらもなかったかもしれない。
もし、彼が病気になってしまったら――そう考えると辛い。
セシルは手を伸ばし、蒼白している彼の頬にそっと触れた。
「そうだね、疲れたのかもしれない」
カールトン卿が頷くと、セシルの身体が宙に浮いた。彼の腕によって、またしても横抱きにされているではないか。セシルは突然の視点の変化にびっくりして短い悲鳴を上げた。
「寝室へ行こう。久しぶりに君を可愛がりたくなった」
薄い唇が弧を描く。
「えっ、ヴィンセント!?」
彼の目には炎を帯びている。
――寝室で可愛がる。彼の真意はもう知っている。おそらくはまた、自分の恥ずかしい部分を障られるに違いない。そしてセシルは今夜もまた、カールトン卿に惑わされるのだ。
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