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セシルがいない。
ⅢⅩⅡ
セシルがいない。彼の気配が屋敷から消えた。
ヴィンセントは嫌な予感に胸を過ぎらせた。
世間ではまだ昼間だ。夜まではたっぷり時間がある。おかげで闇に生きるヴィンセントの足下はふらつき、身体が鉛を抱いているように重い。こうしている今も倒れ込みそうになる。それでもヴィンセントは漆黒のローブに身を包み、屋敷中をくまなく歩き回っていた。
屋敷の中は広いとはいえ、すっかり住み慣れた場所だ。どこに何が位置しているのかは把握しきれている。それなのに、彼の姿が見当たらない。セシルの居所をイブリンに尋ねても、やはり彼女も首を横に振るばかりだ。
ひょっとすると逃げたのかもしれない。どうやってなのかは定かではないが、ヴィンセントがヴァンパイアだということを知ったのだ。誰だって化け物の許婚なんて嫌に決まっている。逃げたくもなるだろう。
――父親と同じように、セシルも去っていった。そう思えば思う分、ヴィンセントの心には喪失感が募っていった。
「ヴィンセント、イブリン! いるかい?」
ヴィンセントがちょうど玄関ホールに差し掛かった時だった。門を叩く音がして、多少の火傷を覚悟で自らその門へと向かった。
冬だというのに外は真夏日のように熱い。ヴィンセントは呻き声を上げそうになるその唇を必死に閉ざす。門を開けるために手を伸ばせば、太陽の日差しが分厚いローブもろともヴィンセントを焼き尽くさんとばかりに降り注ぐ。全身に鋭い痛みが走った。それでも構わず門を開けると、そこには長身の、体格の良い青年が立っていた。
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