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嫌われたくはない。

 セシルに嫌われたくない。ヴィンセントは続けて話そうとする。しかし声は掠れ、空気だけがその口から吐き出されるばかりだ。  ――怖い。ヴィンセントにとってセシルに憎悪の目で見られることが、何よりも恐ろしい。 「貴方もまた、セシルを愛しているのね」  イブリンに核心を突かれたヴィンセントは机に向かったまま、振り向きもしない。それっきり何も言わなかった。けれどもそれが肯定であることを、その沈黙が物語っていた。 「ヴィンセント、いいこと? これだけは覚えておいてちょうだい。大切なものは失ってからでは遅いのよ。待っていても事態は何も変わらない。わたしのようなことになっては駄目よ。貴方自身がその手で幸せを掴み取るの。そのことだけは覚えていて」  イブリンはヴィンセントを宥めるように肩をそっと叩いた。それっきり彼女は口を閉ざしたまま何も言おうとはしない。  重苦しい沈黙がヴィンセントを襲う。 『待っていても事態は変わらない』  そんなことは身をもって知っている。  十六の時、突然姿を消した父をどんなに待ち続けても、結局父親は家に戻らなかった。思春期を迎えたばかりのヴィンセントに必要なのは地位でも名誉でもなく、実の父親だ。それなのに、彼は自分たち親子の前に姿を見せず、金を注ぎ込み、カールトン家を公爵の位にして家を裕福にしただけだった。  ヴィンセントが腰を上げると、そこにはもう誰もいない。静かな書斎は物音ひとつしない。ただ、秒針が時を刻むばかりだった。 (くそっ!!)  書斎に取り残されたヴィンセントは倒れ込むようにしてラウンジチェアに座り直すと頭を抱え、蹲った。

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