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自分ではない他の誰かと――。
彼はハンサムだ。たとえ彼の正体に気付いても、一生を添い遂げたいと願う女性だっているはずだ。だったら、わざわざこんな小汚い自分を食料に選ぶ必要はない。
誰だって骨ばかりが目立つ、こんな貧相な身体の自分ではなく、淑やかで柔らかい肉体を持つ女性の方がいいに決まっている。現に今だって、夜な夜なこの屋敷を抜け出しては誰かしらの血液を食しているに違いないのだ。相手はきっと美しい女性だ。
そしてカールトン卿は誰もが寝静まった真夜中に美しい女性の屋敷へ訪問するのだ。
――いや、それだけでは終わるまい。ひとつのベッドで身体を重ね、その女性に愛のひとつでも告げているかもしれない。
自分にはけっして口にしない、愛の言葉を――。
カールトン卿が見知らぬ女性を抱くその光景を想像すると、恐ろしく胸が痛む。
自分がいるではないかと大声で叫びたくなる。けれど彼と同性の自分では、たとえセシル本人が望んでもカールトン卿は拒否するだろう。彼がセシルを抱かないのが何よりの証拠だ。
この想いはけっしてカールトン卿には届かない。
(……好きなのに)
「……っひ」
(こんなに好きなのに、ヴィンセントには手も届かない……)
「……っつぅ」
悲しい現実にセシルは首を振る。存分に泣いたと思ったのに、どうやら涙はまだ流れるようだ。涙が頬を伝い、流れていく――。
けれども今は泣いている場合ではない。とにかくカールトン卿の真実を確かめるには彼ら以外の証言が欲しい。
ティモシーが言ったことは間違っていなくても、すべてが真実だとは限らない。自分が持っている情報はあまりにも少なく、すべてを断定するにはまだ早い。
カールトン卿から逃げるにしても、この屋敷に留まるにしてもこれからどうするかを決断するのはすべてを知ってからでも遅くはない筈だ。
セシルは決断すると、手の甲で流れる涙を拭った。
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