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すべては彼を思って。

 セシルはヴィンセントの手紙が心の支えになったと言っていたが、実のところは違う。ヴィンセントこそがセシルという存在に助けられていた。  こんな化け物に成り果てても、彼は自分を必要としてくれていた。たとえヴィンセントの正体を知らなかったとしても、それでも自分が誰かの役に立てるということが嬉しく思った。 (セシルこそが我が伴侶。ぼくの宿縁――)  だからだ。血液以外を摂取しないヴァンパイアの自分が、彼が作ってくれたリゾットを口にできたのは――。ヴィンセントはあの時、セシルと同じものを食べたいと思い、口にした。  ヴァンパイアにとって、けっして美味しくはないそれは、けれどひとたび口に含んでしまえばどこか新鮮で、優しい気持ちになれた。人間だった頃にはたしかにあった新鮮なあの気持ちを、彼がふたたび呼び戻してくれた。  それに何より、『美味い』と言った時のセシルの笑顔は何よりもずっと尊いものだった。  これまで、ヴィンセントが女性と関わりを持たなかったのはひとえに、自分が獰猛な生き物にならないための対策だった。少しでも美味い血液を吸えば、おそらくは誰も彼もの血液を欲する飢えた悪魔になるだろうことを恐れた。  だから誰との関わりも持たず、ひとりで生きることを決めた。  しかし、自分の前にセシルが現れた時、我慢できず、口づけを求め、その先にある食事を求めた。それなのに、自分は彼の血液を飲む行為を拒むことができた。それは腕の中にいるセシルがあまりにも無防備で、あまりにも自分を信頼してくれたからだ。おかげで欲望に従順な牙を引っ込めることに成功したのだ。  強欲なヴァンパイアと化した自分が、欲望よりもセシルを優先することができたのも、すべては彼が大切だと思うが故だ。 (……セシル)  セシルを失いたくはない。 (どこだ? どこに行った? セシル!)

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