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恩に報いるため――。
「……なにを!!」
彼女の目からは怒りの炎が消えている。ただただ自分を見下ろし、漠然と立ち尽くしていた。
(これで僕という邪魔者がいなくなる)
「やくそく、です。どうか、イブリンを――ヴィンセントを、許してあげて……」
鉛のように重い唇が言葉を紡ぐ。しかしそれは声にはならず、吐く息ばかりだった。
それでもセシルは懸命に、彼女へ願いを乞う。セシルの胸から流れ出る血液は留まることなく、地面を汚し、赤に染めていく……。
「お願い、です……彼女たちを……」
セシルは息も絶え絶えに、真っ赤に染まった鮮血のその手を伸ばす。宙に浮いたその手は、後からやって来た男性によって掬い取られた。
「もういい、何も話すな。時期にヴィンセントがやって来るだろう。君は死んではならない」
男性の年の頃なら三十代半ばだろうか。年齢こそ違うが、とてもカールトン卿に似ている。彼と同じプラチナブロンドは後ろで撫でつけられ、整った双眸はカールトン卿そのものだ。ただ違うのは、サファイアの瞳ではなく、エメラルド色をしていた。
「ヴィン、セント……」
(ひと目。あとひと目だけでも会いたかった……)
赤い目からは涙が溢れ、一筋の糸になって頬を伝う。
「ごめ、なさ……」
(ごめんなさい)
(僕がいてごめんなさい)
(でも僕は貴方に会えて、とても幸せでした……)
彼への謝罪を最後に、セシルの心臓は鼓動を止める。華奢な身体は力なく絶えた……。
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