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焦燥感。
ⅢⅩⅤ
そうしていくらか馬を走らせると、ようやくヴィンセントが言った白い教会の全貌が見えた。馬車が停車するその時間さえも惜しい。ヴィンセントは転げ落ちるように降りると、そのまま身体を引きずりながら進む。
従兄の行動に慌てたガストンは馬車を止め、イブリンを降ろすと、土埃まみれになっているヴィンセントの身体を支えて中へ入った。
木の扉が軋みを上げ、開く。開かれた視界の先を見るなり、ヴィンセントの息が止まった。
ヴィンセントが想って止まない彼が――祭壇のその前で大量の血を流し、倒れているではないか。そしてセシルを抱き留めているのは忘れもしない、自分と母を捨てた父ダイモンと、端に立っているのは魔女のティモシーだ。
目の前で繰り広げられている惨劇を目にしたヴィンセントは、胃が潰されそうになった。胃液が胸を押し上げてくる。恐ろしい吐き気が彼を襲った。
ああ、なんということだろう。セシルはやはり魔女と接触していた。そして彼は自分たちの巻き添えをくらったのだ。ヴィンセントが懸念していた、もっとも恐れていたことが起きてしまった。
「セシル……ばかな」
銀の短剣が彼の胸を深く貫いている。彼は目を閉ざしたきり動かない。ぐったりと横たわるその身体は真っ赤な鮮血に染まっている。
その状況を目の当たりにしたヴィンセントの心は絶望という名の感情に支配され、重くのしかかる。
「セシル!!」
ヴィンセントはガストンの手を振り解き、倒れている彼の元へと走る。ヴァンパイアの天敵である太陽に晒されたヴィンセントの体力は、もうずっとそぎ落とされている。おかげで目と鼻の先にいるというのにセシルの元へ辿り着くのにも何度も転げそうになる。それでも彼の元へとようやく辿り着いたヴィンセントは、父親のダイモンから彼を奪い取り、掻き抱いた。
こうなることが判っていながら、自分はみすみすセシルを見殺しにしてしまった。自責の念がヴィンセントを陥れる。
「セシル、セシル……」
呼びかけても彼からの返事はない。ぐったりと横たわった真っ青な顔は、もうすっかりそこから血液が消え去っていた。
「なぜ……なぜだ……父上!! 貴方がいながら、なぜセシルを見殺しにした!!」
セシルを抱き締め、実の父親を睨むサファイアの目には怒りと絶望が宿っていた。
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