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「ヴィンセント、これは君がつくったのか?」  ガストンがそう尋ねたのは、このところセシルが妙に色香をまとうようになっていたからだ。白い肌に付けられた朱はよく目立つ。セシルの首筋にある、愛撫の痕跡がそれを物語っていた。おそらく彼はヴィンセントに夜毎抱かれているに違いない。セシルには食事を作る体力が残されていないだろうことを察した。  そして運が悪いことに、今は食事を作る人間がセシルの他にはいないということだ。  セシルに首ったけの従兄のことだ。今まで起こしたことのない行動を取るはずだ。  たとえば――そう。これまでろくに作ったことのない料理を作ってみたり……。  なにせヴィンセントの生涯の殆どが魔女の呪いによってヴァンパイアとして過ごしてきた。その彼が誰かのために調理とはあまりにも想像できる事柄ではない。  しかし相手がとても健気で思いやりに溢れた可愛い恋人なら話は別だ。  そういう推測の元、尋ねたのだが、ガストンの推理はあながち外れてはいなかったらしい。ヴィンセントは整っている眉毛を不愉快そうに片方だけをつり上げた。 「だからなんだ?」  従弟に挑みかかるヴィンセントに、しかしガストンは無言のまま、目の前にあるそれを口の中に放り込む。  すると彼は眉間に深い皺を刻んだ。 「不味い。芯が残ってるじゃないか」 「そっ! そんなことないです! ヴィンセントが作ってくださったんですからっ!」  至極まともな意見を率直に述べたガストンに噛みついたのは従兄のヴィンセントではなく、彼の恋人のセシルだった。

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