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ハーキュリーズ家の日常。

 Ⅱ  柔らかな日差しがこの地を照らし、どこからか小鳥たちの(さえず)りが聞こえる。今日も穏やかな朝がはじまった。  しかしそれは世間一般でのことで、ハーキュリーズ家の朝では穏やかとはほど遠い。  それというのも、朝の知らせは可愛らしい小鳥の囀りではなく、食器が割れる音からはじまるからだ。  セシルの足下では粉々に割れた食器の破片が散乱していた。 「何をやっているんだいお前は。まったく使えない子ね! 食器をダメにしたんだから、罰としてお前の昼食は抜きだよ。いいかい? これが終わったら庭の草むしりだからね?」  ビオラはセシルを叱りつけると、そそくさとキッチンから出て行った。  広い庭にぐるりと囲まれた二千平方メートル以上もの屋敷には玄関ホールに広間。キッチンに食堂室。それにビオラとロゼッタの部屋。以前はセシルの部屋だったはずの衣装部屋に書室がある。――にも関わらず、この広すぎる屋敷に使用人は一人もいない。これまで数十人と分担していた家事をセシル一人でこなすのだ。  季節は秋。凍えるような寒い冬はまだ二ヶ月も先だ。それなのに、この屋敷で家事をこなすセシルの手は皮膚が乾燥して深く裂け、出血していた。継母から言い付けられた食器洗いをこなすため、冷たい水に手を入れる。そのたびに裂けた皮膚の部分が熱を持ち、手にしている食器の感触が消える。  しかもろくに食事さえ摂らせて貰えない。おかげで目眩を起こし、手にしていた食器を取りこぼす。こうして食器を割ってしまうのは日常茶飯事だ。  そんな状態でも、ビオラはセシルの失態だと責める。

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