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別れ。

「君?」 「ごめんなさい、あの……僕、もう行かなきゃ。家族が心配しているので」  セシルが口にしたそれはすべて嘘だ。  彼女たちは今まで一度でも自分を心配したためしはない。継母と義姉はいつだって自分をいじめることに大忙しだ。そしてセシルにとっても、彼女たちは家族と呼べる存在でもなかった。  それでも――。セシルは、この男性にだけは自分が憐れな人間だと思われたくなかった。だから継母と義姉にいじめられているという真実を口にしない。  セシルは男性に嘘をつくと、慌ててビオラの元へと走った。  彼とはもう二度と会うことはないだろう。 セシルは後ろ髪を引かれる思いから目を閉ざし、懸命に自分の思考から男性を追い出した。 「ビオラ、僕はここにいます」  急いで走ったものだから息が切れた。二人の前で蹲り、咳き込んでしまう。 「ああ、もう。煩い子ね!」  目当ての公爵に会えなかったビオラはとにかくご機嫌斜めだ。咳き込むセシルを煩いと怒鳴り散らす。  いつもなら義母の言葉は氷の刃と化してセシルの胸を貫く。けれども今は今晩出会った男性のことばかりがセシルの頭の中を占めていた。おかげで意地の悪い彼女の罵声はこれっぽっちも耳に入ってこなかった。  男性のことを考えると身体が熱い。まるで燃え盛る炎の中に身を投じているようだ。しかしそれは少しも苦しくはない。言葉では言い表せないほどの高揚感が心を満たしていた。  当分の間はあのハンサムな男性から香っていたジャスミンの匂いと、それから抱きしめられた腕のぬくもりは消えないだろう。セシルは馬車の中で目を閉ざし、火照った身体に両腕を回した。

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