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馬車に揺られて。
「ヴィンセントでいい」
「ヴィン、セント?」
その名前は知っている。けれども果たして自分はその名をどこで知ったのだろうか。
どうやらいよいよ熱が上がってきたらしい。頭の中が翳 んでぼうっとする。もう何も考えることができない。
「今は何も考えなくていい。さあ、ここよりもずっと休める場所に行こう」
セシルはヴィンセントと名乗るカールトン卿にぐったりと身を預けた。その拍子に、抱きしめていた未開封の手紙がするりと両手からこぼれ落ちる。
彼は手紙を懐に仕舞うと、慣れた手つきでセシルを横抱きにして納屋を出た。
後ろの方ではビオラが何かを罵り、わめいている。
しかしそれに耳を貸すだけの気力は、今の自分にはもうない。
セシルの意志とは反対に、意識が薄らいでいく――。
セシルは目を閉ざし、流れゆくままに身を任せた。
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