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ジャスミンという花。
Ⅵ
セシルの身体は包まれていた。それは母親のようにとても優しく、そして父親のように力強い。
セシルは自分を包み込むその腕に身を委ねる。すると甘いジャスミンの香りが鼻孔をくすぐった。
果たしてこの地域にジャスミンは咲いていただろうか。いや、あの花はたしか亜熱帯地域にしか咲かない。この国で育てるには温室が必要だ。しかも温室ともなれば、維持費がかかる。ハーキュリーズ家の家計は今や火の車だ。そのようなものを設置する余裕もない。
だとするならば、自分がいるここはいったいどこだろうか。
そしてこの力強く優しい腕は誰のものだろう。
けれども自分はジャスミンの花の香りとこの力強い腕を知っている。さて、これはどこで知り得たものだろう。
目を開ければ、そこにはプラチナブロンドの美しい男性がすぐ目の前にいるではないか。まるで吸い込まれそうなサファイアの瞳が狼狽えるセシルを写し出している。
自分はいつからこうして彼と同じベッドで眠っていたのだろうか。
彼の背後にある窓では橙色の西日が消え去り、やがて月が姿を現すその時を迎えていた。
たしか、ビオラたちは今朝方から客人が来るとずっと騒いでいた。その客人がビオラとロゼッタが言うところの以前から目を付けていたカールトン卿で、しかも彼は昨夜、セシルとダンスを踊った男性だったのだ。
『いつまで眠っているの。このうすのろ!!』
セシルが呆然としていると、どこからかビオラが急かす声が聞こえてきた。
「も、申し訳ございません! 今からすぐに朝食の支度をいたします!」
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