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汚らしい手。
「僕は平気です。あの、ジュストコールを汚してしまい、申し訳ありませんでした。今は生憎お支払いできるお金を持ち合わせておりませんが、きっとお代金はお返しします。僕は早く屋敷に戻らないといけません。もうご存知だとは思いますが、お恥ずかしながら、ハーキュリーズ家の屋敷を運営する経費は残っておりません。ですからビオラとロゼッタは僕がいないと何もできないんです」
すっかり自責の念に捕らわれたセシルの声は小さく、隠っている。
それでもカールトン卿はセシルの声をきちんと聞き取った。
「ぼくが勝手にしたことだ。ジュストコール一枚くらいどうってことはないし、弁償もしなくともいい」
彼はそこまで言うと、セシルは首を振った。反論しようと口を開ける。けれども彼はそれを制し、さらに続けた。
「彼女たちはこれまでにもずっと君に酷い仕打ちをしてきた。それでも君はあの屋敷に帰るとそう言うのかい?」
「あんな人たちでも、僕にとっては家族なんです。だから……」
セシルは、ぱっくりと口を開けた皹を起こしているその手をぎゅっと握り締める。
項垂れるセシルの隣で、カールトン卿もベッドから身を起こした。
ギシ……。
ベッドのスプリングが軋む。
彼の視線は今、セシルの両手にある。
――ああ、彼は汚らしいこの手を見たばかりか、ハーキュリーズ家での自分の立場を十分に理解してしまった。
できることなら彼には――彼にだけは自分が継母や義姉にいじめられる惨めな生活を送っていることを知られたくなかった。
カールトン卿にだけは同情されたくない。セシルはそう思った。
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