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婚約者。

「こん、やくしゃ?」 「ヴィンセント・カールトン。それがぼくの名前だよ。婚約のことは、生前君の実のご両親からすでに承諾を受けている。君が五歳の時、もうすでに決まっていることなんだ」  果たして彼は今、何と言っただろう。熱で呆けた今の頭では彼の言葉を理解するにはかなり苦労する。 『ヴィンセント』は医者だ。手紙の送り主で、いつも自分に薬を与えてくれる恩人だ。あろうことかその彼が先日セシルとダンスを踊ったカールトン卿その人で、しかも彼が婚約者だなんてそんなできすぎた話がどこにあるというのか。  セシルは思いきり頭を振った。 「先にも言いましたが、僕にはお薬代を払うお金さえありません。こうして親切にしていただいても何も返すものがないんです」  父が残した財産はすべて、後妻であるビオラの手に渡った。自分にあるのは伯爵の嫡男という名ばかりの地位だけだ。けれどこの地位も公爵という華々しい立場にあるカールトン卿にはさしてどうということでもない。なにせ公爵は第一位の地位を持つ尊い身分だ。  そんな尊い立場の方が、このような見窄らしい自分と――しかも男と婚約をしても足を引っ張るだけで何の得にもならない。 「手紙で伝えただろう? 薬代はすでに君のご両親からいただいていると……」 「いいえっ! あの頃はまだ階級も下の方で貧しかった筈です。薬代が出せるとは思いません」 「セシル……」 「それにあの、僕は男で……」

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