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優しさの返し方。
なにせ自分のような穢らわしい存在は人様に優しく接して貰う価値がない。
与えられた恩を返さねばならないのに、貧しい自分には彼らに渡せるだけの金子がない。ならば自分にできることはただひとつ。ハーキュリーズ家でこなしてきた掃除や洗濯――使用人としての仕事を全うするのみだ。
だからセシルは階段の踊り場に出ると倉庫から箒を取り出し、床を掃きはじめるのだった。
けれどもセシルが懸念していたとおり、事はそう簡単に運ばなかった。
「何もしなくていいと言ったはずだが?」
唐突にベルベットの低い声がセシルのずっと近くから聞こえた。慌てて振り返ると、そこにはカールトン卿が立っていて、あろうことか怪訝そうな目でこちらを見つめているではないか。
どうやら彼の公務は終わったようだ。ふいに声を掛けられ、びっくりしたセシルは飛び上がった。
「カールトン卿!? どうしてこちらに?」
セシルが尋ねても彼は一向に薄い唇を開こうともしない。明らかにセシルを非難していた。
――箒を持つ手の指には皹がぱっくりと口をあけている。
――まだ青い顔色。
――カールトン卿を見上げるその目は虚ろで微熱を帯びて潤みきっている。
――かろうじて立っているだけのふらついた足取り。
たとえ返事がなくとも、セシルの質問に対する彼の答えは怪訝そうなその表情を見れば一目瞭然だ。
こうして沈黙している間にも、セシルを見下ろす彼の眉間には徐々に深い皺が刻まれていく。どうやらカールトン卿はセシルが掃除をすることに反対のようだ。
「まったく。どうして君は隙あらばこうも働こうとするんだろうね。様子を見に来た矢先にこれか。いいかいセシル? この屋敷に掃除の必要はない。君は今、身体を休めるべきなんだ」
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