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味なんてわからないですってば!!
けれどもカールトン卿はわざわざ自分の為に高価な馬油を買い求めてくれた。それに自らの手でセシルの|皹《あかぎれ》のある手に塗ってくれたのだ。せっかくの彼の好意を台無しにはできない。
セシルは俯き、考えていると、
「さあ、どうぞ」
これまで、どんなにセシルが泣きわめいても泣き止むまで辛抱強く付き合ってくれていた彼は、ここへきてはじめて急かした。
「えっ、あのっ!」
カールトン卿に急かされ、セシルの頭はもう真っ白だ。見事、彼の術中にはまってしまったセシルは顔を上げ、口を開いた。
スープを口内に放り込まれれば、もうあとは嚥下するしかない。
スープを飲み込む音が妙に大きく聞こえた気がした。
「いい子だ」
それはまるで幼子を褒めるように、彼の空いた手がセシルの頭を撫でる。
「美味しい?」
イブリンが嬉しそうに尋ねてくる。けれども今はそんな状況ではない。
「っ、は……はい……」
味なんて判るわけがない。けれどもイブリンが作ってくれた手前、感想を言わざるを得ない。
セシルは口をもごつかせながら大きく頷いた。
「よかったわ。それではわたしは片付けをしますから、ゆっくり食べて早くよくなってね?」
彼女もセシルの頭をひと撫ですると、部屋を後にした。
この広い寝室に残されたのは、カールトン卿とセシルのみだ。他人に食べさせて貰うのなんて何年ぶりだろう。
セシルは恥ずかしいやらくすぐったいやらで、もうどうしていいのか判らない。
二人きりにしないでと、セシルは寝室を後にしたイブリンに心の中で訴えるのだった。
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