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彼の家族について。
答えた声の抑揚は依然として変わらない。彼は特に気にするふうでもなく告げた。
しかし、心の底ではどうだろうか。
『父親は自分が物心ついた時からいなかった』
もし、カールトン卿の話が本当ならば、どんなに寂しいだろう。
仮に自分が彼の立場だったならどうだろう。
セシルの両親はもうこの世にはいない。けれども自分には母や父が亡くなるまでとても大切に育ててくれた思い出がある。
ーーだが、カールトン卿は違う。彼は父親に大切にされた記憶そのものがない。それが意味するところはつまり、カールトン卿と彼の母イブリンは父親に捨てられたということになる。それはとても悲しいことだ。
「あの、ごめんなさい。聞いてはいけないことでした、よね」
余計なことを彼にしゃべらせてしまった。罪悪感がセシルの胸を過ぎる。
謝罪するセシルに、彼の手が伸びてきて、優しくセシルの肩を叩いた。
「いや、ぼくは構わない。実のところ父上の顔さえも知らないんだ。だからぼくには父親が初めからいなかったものと思っている。それにいずれ君はぼくの妻になる。そうなった時、こういったことはすぐに知れるだろうしね」
そこでふたたびセシルは我に返った。ーーというのも、そもそも男の自分が彼の妻になるということに関して常識から外れているからだ。
「あの、そのことなんですが……」
セシルが口を開けば、
「君に拒否権はないよ。もうすでに決まったことだからね」
彼は直ぐさま拒否した。どうやらセシルが何を言おうとしているのかが彼には判ったらしい。おかげでセシルは何も言えなくなる。
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