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よく眠れた?
ⅩⅡ
ジャスミンの甘い香りがセシルの鼻孔をくすぐる。
いったい誰だろうか。
誰かが丸まった背中を撫でてくれている。
――まるですべての何もかもから守ってくれるような、力強い手だ。
あたたかなその仕草がセシルの胸を焦がす。
セシルが甘えるようにしてたくましい胸板へと頬を擦り寄せれば、強く抱き締められた。
ああ、だけどこの力強くてあたたかな腕は知っている。これはきっと――。
そこでセシルの意識は覚醒を果たした。
「おはよう。といっても、もう夕方だけれどね」
ベルベットのような優しい声音に話しかけられ、顔を上げれば、サファイアの瞳がセシルを覗き込んでいた。
自分はいったいどれほどの時間を眠っていたのだろう。窓に差し掛かる西日はすでに沈みかけている。彼が言ったとおり、時刻はすっかり夕方だった。
「……僕、は……」
真っ白になった頭はどうも夕べの記憶が欠けているように思える。
果たして自分は昨日、どのように過ごし、どういう経緯でベッドに入ったのだろう。
セシルは首を傾げた。
「気分はどうだい?」
「ん、あの……とてもいいです」
言った途端だった。セシルの脳裏に、昨夜意識が途絶える前の記憶が返ってきた。
セシルは昨日、図々しくもカールトン卿に一人部屋が欲しいとせがんだ。理由はカールトン卿との口づけが頭から離れず、身体が疼いてしまったからだ。しかしそんなことは言えない。
言ってしまえば最後、浅ましい奴だと避難される。
カールトン卿にだけは軽蔑されたくない。
そう思ったセシルは、カールトン卿に年頃の男子なら一人部屋があるのは当たり前だと話し、どうにか願いを聞き入れてくれるように頼んだ。
けれども彼はセシルの要望を受け入れなかった。
そしてカールトン卿はセシルの太腿の間にある熱を持つ下肢に気づいた。あろうことか、彼に欲望を吐き出す手伝いをさせてしまった。
――ああ、なんということだろう。
淫らに喘ぎ、泣きながら、『果ててしまう』と口にした浅ましい自分の姿が蘇ってくる――。
昨夜の出来事がまるで走馬灯のようにセシルの脳内に駆け巡る。
そういえば、自ら吐き出した欲望の蜜に塗れたキュロットはどうなったのだろう。そっと見下ろせばーー自分が着ているキュロットは真新しいものだった。
それが意味するものは、セシルのキュロットは彼の手によって取り替えられたという事実だ。
例の汚れたキュロットは、イブリンかそれともカールトン卿の手によって洗われたに違いない。
しかもその間当の本人は、といえば――カールトン卿にしがみつき、今の今までのうのうと眠っていたのだ。
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