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それどころじゃない。

 イブリンはそう付け足すと、壁に立て掛けてあった椅子をベッドの脇まで持ってきて腰掛けた。  イブリンから、セシルが途中まで編んでいる毛糸と編み棒を手渡される。彼女から受け取るその手が怯えてもいないのに震えてしまう。  ――それもこれも、後ろから自分を抱きかかえる彼がいるからだ。 「あ、あの、ヴィンセント!?」    セシルは今からイブリンと編み物をする。  しかし困ったことに、彼は依然として動く気配がない。  カールトン卿の力強い腕は未だセシルの腰にまわったままだ。どうやら彼はセシルを手離す気はないらしい。  これでは編み物もろくにできない。  セシルが抗議しようとすると、 「ぼくのことなら気にしなくてもいい。君が編んでいる様子を見ていたいだけだからね」 (……なっ!)  ハンサムなカールトン卿を気にしないでなんてとんでもない。  いったい自分はどうすれば編み物に集中できるだろう。  ――ああ、顔が熱い。心臓がどきどきと鼓動を繰り返している。  セシルは熱を持つ顔を俯け、手にしている編み棒をひたすら見つめた。 「さあさあ、今日は何を編もうかしらね」  彼女の声はとても楽しそうに弾んでいる。けれどもセシルはこの状況を楽しめそうにない。 (こんな状態で編み物なんて無理っ!!)  今はそれどころではないセシルだった。

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