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声。
きっと気のせいだ。セシルは自分に言い聞かせた。
しかし、どうやらそれは気のせいではなかったらしい。聞こえたその声に反応したのはセシルだけではなかったからだ。
「誰だ」
ランタンを持っていた男が薄暗い入口を照らした。
セシルは入口へと視線を上げる。そして自分の目を疑った。
そこには、すらりとした均整の取れた長身にダークブルーのジュストコールとジレに身を包んだ引き締まった肉体美を持つ男性が――セシルが会いたいと願ってやまないその人が、自分の目と鼻の先にいた。
「ヴィン、セント?」
「セシル……」
セシルの名を呼ぶ声は幻聴かとも思ったが、入口に立っている彼は幻覚ではないように見える。
彼はけっして自分を見捨てなかった。
広い肩が大きく上下し、荒い呼吸を繰り返して入口に立っている。
もしかして必死になって自分を探してくれていたのかもしれない。
セシルの心臓が息を吹き返したかのように大きく鼓動する。
ーーああ、けれども相手は三人だ。しかも彼らは盗賊で人を殺めることには何の躊躇いもない凶悪な人間だ。それに刃物を所持している。これではどう考えてもカールトン卿に勝ち目はない。
「いいところに来やがって!」
「まあいい。こっちは三人だ。すぐに血祭りに上げてやる」
盗賊はランタンを地面に置くやいなや、それを合図にして三人が三人とも懐からナイフを取り出した。
薄闇の中で鋭い切っ先が妖しい光を放つ。
「ヴィンセント! だめ、来ないで!!」
(彼が酷い目に遭ってしまう!)
これまで無我夢中で彼に助けを求めていたセシルは、そこで意識を戻した。
自分はどうなってもいい。
あのままハーキュリーズ家に身を置いていれば、どうせ死んでいた身だ。
けれど彼はーーカールトン卿は違う。
穢らわしい自分に良くしてくれた彼をみすみす見殺しにしてはいけない。
「ヴィンセント、逃げて! 殺されるっ! 殺される!! 早く逃げて!!」
セシルはカールトン卿にどうにか逃げてもらえるよう、必死に声を張り上げた。
男の手から離れたランタンは地面で明るい光を放ち、あられもない姿をしたセシルを照らす。
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