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ひとつの影。
なにもこちらにやって来る影がカールトン卿とは限らない。なにせ盗賊は三人もいて、しかも刃物を所持していた。対する彼は武器を持たず、しかも一人きりなのだ。
――ああ、なんということだろう。男が握っているのはナイフだ。
手にしているぎらついたナイフを見たセシルは絶望した。だってあのナイフは盗賊が所持していたものだ。だから彼は盗賊に違いない。
セシルの頭が闇色に染まる。
「ああ、ヴィンセント……」
可哀相なカールトン卿。
「……っひ」
(僕のせいだ……)
自分を助けるためにこの薄気味悪い場所に乗り込み、そして深く傷ついてしまった。もしかすると、今、この時にもカールトン卿は致命傷を負わされ、苦しんでいるかもしれない。
(僕がいるからだ……)
今すぐ倒れている彼に駆け寄りたい。
優しくしてくれたその人を、自分のせいで傷つけられるのはあまりにも悲しい。赤い目から溢れる絶望の涙は頬を伝い、流れ続ける。
(僕はいつだって誰かを不幸にする……)
「っひ、ヴィンセント……ヴィンセント……」
セシルは身を強張らせ、彼の名を呼ぶ。
嗚咽を吐き出し、カールトン卿の名を呼び続ける。
ああ、流れ続ける涙で視界が歪む。こちらへ向かってくる男の姿を見ることができない。
カールトン卿は自分にさえ会わなければ傷つくこともなかったし、今頃は自分に縁のある人々と共に楽しく会話を繰り広げることができただろう。
「僕のせいだ。ヴィンセント、ごめんなさい、ごめんなさい……」
打ちひしがれ、項垂れるセシルの方へと向かい来る影が手を伸ばす。
「……っつ!」
セシルは硬く目をつむり、これから起こるであろう深い苦痛を感じた。
けれどもどうしたことだろう。影は恐怖で冷えきったセシルの身体を自ら着ていたジュストコールで包み込んだではないか。
包まれたそれから香るのは、けっして鉄の匂いでもなく、埃っぽさもない。
爽やかな、甘い――ジャスミンの香りだった。
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