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嵐過ぎ去って。
ジャスミンの香りを嗅いだ途端、セシルの脳裏に一筋の光が差す。恐る恐る目を開けると、そこには美しい双眸の彼がいた。
「ヴィン、セント?」
セシルが名を呼ぶのと同時だった。カールトン卿の背後で三つの影が呻き声を上げながら、むくりと起き上がった。
セシルの身体が強張る。
けれどもカールトン卿の腕が、ふたたび恐怖に苛まれたセシルを包み込んだ。
「帰ってあの女に伝えろ。ぼくたちとは関係のないセシルを今後一切標的にするなと! これ以上セシルにおかしな真似をしてみろ、たとえ相手が誰であろうとけっして許さない」
背後で盗賊たちが動いたのを察知したカールトン卿は、猛獣が威嚇するような低い声で忠告した。三人はそれを合図にして我先にと一目散に逃げていく……。
そうしてふたたびその場所に沈黙が戻ると、カールトン卿は盗賊たちから奪い取ったであろうそのナイフで、セシルの腕を拘束している縄を切った。
「……セシル、無事でよかった」
力強い彼の腕に包まれる。
冷たくなったセシルの身体を抱き締めた彼は、震える声でそう言った。
セシルは、彼が自分を助けるために必死になってくれていたのだとあらためて理解した。
彼の腕に包まれ、恐怖で冷え切っていたセシルの身体がようやく血が通いはじめる。
(ヴィンセント……ヴィンセント……)
セシルは恐る恐る彼の広い背中に腕を伸ばし、そのあたたかなぬくもりを求めた。すると彼の腕がさらにきつくセシルを抱き締める。
(ヴィンセント……)
「セシル! ああ、無事でしたね? よかった」
盗賊とほぼすれ違いでやって来たのはイブリンと――それからもう一人。ガストンだ。どうやら彼はイブリンの護衛についていたらしい。
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