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未来に訪れる別れ。
ⅩⅥ
「大丈夫だ、辛かっただろう」
「っひ、ヴィンセント、ヴィンセント……」
骨張った大きな手がセシルの頭を撫でる。
盗賊に攫われたセシルは無事、カールトン卿によって救出された。そしてガストンの馬車で一時グレディオラス邸に戻ったが、彼の父、ミガロ・グレディオラス卿が気を配り、すぐにカールトンの屋敷に戻れるよう手配してくれた。
今、セシルはイブリンと別れ、カールトン卿と共に寝室にいる。
暖炉の炎がぱちぱちと乾いた音を奏でる。赤や橙色の炎が灯る暖炉のおかげで寒さはない。それなのにセシルの脳裏には襲われた当時の恐怖が蘇り、その身体は震えるばかりだ。
赤い目から流れる涙は絶えることが無く、いくつもの筋を作って頬を流れる。どんなに泣いても気分は少しも晴れやしない。
女性でもないのに操を奪われそうになり、怯えて泣いているなんて情けない。なんて女々しいのだろう。
いい加減泣き止まなければカールトン卿に愛想を尽かされてしまう。だから早く泣き止もうと思うのに、それは叶わない。
「ごめんなさい……ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」
嗚咽を漏らすセシルの口をついて出るのは謝罪ばかりだ。
「セシル、ぼくのことは気にしなくともいい。君がどれほど恐い目に遭ったのかも理解しているつもりだ」
少し不器用ではあるものの、セシルの頭を撫でる彼の手はとても優しく、そしてあたたかだ。
カールトン卿はどこまでも優しい。
しかしセシルは知っている。差し伸べられたこの手が、いつかは消えてしまうだろうことを――。
自分ではない、美しい女性にこうして優しい言葉のひとつでもかける日が来ることを――。
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