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1.Dazzling

居間へ入ると、開け放たれた窓から心地好い風が流れ込み、カーテンがささやかに揺らめいている。 がらんとしており、賑やかな兄弟は何処かへと出掛けているようで、辺りには静けさが漂っている。 明かりが点いていないと、日中と謂えども奥は薄暗く、自然と引き寄せられるように窓辺へと向かう。 食卓を通り過ぎ、フローリングをゆったり歩いていくと、次第に視界が日差しの恩恵を受けていく。 外は明るく、燦々と降り注ぐ陽光と共に、曇りなき天色が広がっている。 肌を撫でていく涼風が気持ち良く、目を細めながら外界との境にて立ち、いつの間にか見慣れた後ろ姿が映り込んでいる。 しゃがんで一人、何やら黙々と作業をしているように思えるも、此処からでは詳細がよく分からない。 「咲? 何してるんだ」 首を傾げ、佇みながら視線を注ぎ、庭でせっせと励む青年へ声を掛けてみる。 だが、案の定すぐには返事を得られず、無反応のまま手だけを動かしている。 明らかに聞こえていても、即座にはきはきと応えてくれるような質ではないので、至っていつも通りの和やかな光景である。 それでも大体は、視線のみを投げ掛けてくるのだけれど、背を向けている彼からは一向に応答がない。 「咲」 柔らかにもう一声、外へ置かれていた履き物に足を収めながら、だんまりを決め込んでいる青年へと近付いていく。 とても天気が良く、適度に風が吹き抜けていくお陰で、日差しを浴びていても然して暑さを感じない。 再度の呼び掛けに、目の前で没頭していた彼がようやく静止して、しゃがんだままゆっくりと振り返る。 「何をそんなに熱心に励んでるんだ?」 「……見れば分かんだろ」 見上げてきた青年と目が合うも、ぼそりと返事をしながら視線を逸らされ、何事も無かったかのように傍らで作業を再開する。 そうしてようやく、側へと辿り着いて全てが明らかになり、予想外の展開にいささか驚くも湛えた表情が影を落とすことはない。 倣って屈むも、彼は気にせずプランターと向き合っており、今は細やかな石を底へと敷き詰めている。 「へえ……、家庭菜園でも始めるのか? それともガーデニング?」 「別に何だっていいだろ……」 「うん、いいよ。咲が好きな事を、何でもやってくれていい。俺はこうして隣で眺めているだけで幸せだからな。今日も綺麗だよ、咲」 横顔を見つめながら、正直な想いを躊躇いもなく吐露すると、励んでいた彼の手がぴたりと一瞬止まる。 馬鹿じゃねえの、と悪態を紡がれるも、それは彼なりの照れ隠しである。 構わず眺めていると、視線を寄越して見てんじゃねえよと文句を連ね、ほんのりと頬が染まっていく。 すっかり恥ずかしくなってしまったようで、つい先程までの落ち着いた様相が失われ、土作りの手が止まってしまっている。 「どうしたんだ? 手が止まってるぞ」 「うるせえよ……、テメエどっか行け」 「お断りだな。何を育てようとしてるんだ?」 「お前には関係ない」 「お、苗があるぞ」 「あ、コラ見んな!」 「これは……、家庭菜園かな? よし、当てよう。ミニトマトだ!」 「……なんで分かんだよ。ったく、気が散るんだよ……」 「お、当たってたか~! すごいなあ、俺! 流石! ご褒美は?」 「ねえよ、馬鹿。調子乗んな」 笑みを浮かべ、いとおしそうに咲を見つめてから、黒いポットに収められている苗を片手で持ち上げる。 日へと翳し、暫し考えてから最初に思い付いた名前を紡げば、どうやら当たっていたようで嬉しくなる。 気のない素振りをする割に、なんだかんだで素直にきちんと答えてくれるのだから、本当に彼はずっと、誰よりも穏やかで優しい。 会話が途切れると、気紛れな風の戯れにより、ふわりとした栗色の猫っ毛が目元に掛かり、咲が僅かに頭を揺らして散らそうと試みる。 それを見て、空いていた手を差し伸べて額へと触れ、視界を阻んでいた髪をさらりと避けてやる。 瞳を閉じて、黙って委ねている様子を前に、自然と顔が綻んでいく。 あまりにも幸せ過ぎて、時おり夢でも見ているのではないかと思えてくる。 いずれは終わりが訪れてしまうと、愛しいからこそ溺れきれない自分が居て、心の何処かで常に冷静であろうとしている。 「どうした……?」 声を掛けられて、ぼんやりとしていた事に気が付き、咲がいつの間にか此方を見つめている。 あまり感情を露にする方ではないけれど、それでも出会った頃に比べれば随分と和らぎ、無理矢理に閉じ込めようとしていた痛ましさはいつしか消えた。 今ではこうして、当たり前に時を同じくし、黙って身を委ねてくれている。 端から見れば、冷めて映り込むかもしれない表情にも、様々な気持ちがつぶさに滲み出ている。 それを感じ取れるのは、自分だけであると驕ってもいいだろうか。 「ん? 咲があんまり綺麗だから見惚れてた」 「聞くだけ無駄だったな……」 「照れてるのか? そういうところも可愛いよ」 「照れてねえよ、呆れてんだよ……。時間を無駄にした」 盛大に溜め息をつかれ、気を取り直した咲が再びプランターへと向き合い、続きに取り掛かっている。 抱える想いも、投げ掛ける台詞も、全てが本心。 涼やかな横顔が映り込み、彼は黙々と苗を植える為の準備をし、陽光に晒されて髪が煌めいている。 「どうして始めようと思ったんだ? もしかして前々から興味があったとか」 「ねえよ……。退屈しのぎに……、なんとなくだ」 「颯太が喜びそうだな。毎日成長を観察する姿が目に浮かぶ」 「ちゃんと育つか分かんねえけど」 「俺も水やりするよ。とは言え、俺が立ち入る隙なんて無さそうだけどな」 そう言って笑い掛ければ、どういう意味だよと傍らからぼそりと紡がれる。 甲斐甲斐しく世話を焼く姿が容易く思い浮かび、確実に現実となるだろう。 ミニトマトを選んだのも、きっと三男坊が好きだからに違いない。 素っ気ない口振りでも、心根の優しさがじんわりと伝わり、少しでも関われば誰もが人の良さに気が付くであろう。 本人は隠したがるけれど、そういう奥ゆかしいところも魅力の一つであり、いとおしさばかりが募っていく。

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