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「どれくらいで食べられるんだろうな」 「花が咲いてから約一ヶ月くらいだとか……」 「そうなのか。じゃあまずは、立派な花を咲かせないといけないんだな」 大きく育てよ、と語り掛けながら苗を眺めていると、不意に視線を感じて顔を向ける。 「どうかしたのか? あ、俺に見惚れていたとか」 「馬鹿言え」 目が合うも束の間、溜め息混じりに返されたかと思えば、再び正面を向いて作業に集中する。 彼なりに何か思うところがあったのかもしれないが、何事も無かったかのように手元を見つめている。 「何かしようか。手伝うよ」 咲と言えば、石で埋め尽くされた底へと触れ、均等になるよう掌で慣らしており、じゃりと小気味良い音が聞こえてくる。 恐らく次は、その上へと土を入れるのだろう。 周りを見れば、必要であろう物が一通り揃っているようで、勿論重要な役割を果たす培養土も目につくところに置かれている。 妥協せず、本気で取り組んでいる様が見て取れて、なんだか笑ってしまう。 あれからどれ程の月日が流れて、今こうして肩を並べているのだろうか。 出会った当初からは想像も出来ない事で、今では当たり前に居てくれている現実がとても嬉しい。 「次は土かな。入れようか」 「……ああ」 返事を待たずに立ち上がり、どっしりと横たわっている土へと近付き、しげしげと収められているビニール製の袋を見つめる。 咲は、暫くは黙って目で追い、そのうち短く了承してから作業に戻る。 「なんだか……、夫婦の共同作業って感じがするな!」 「ふざけた事抜かしてねえで手ェ動かせよ」 「またまた、照れちゃって。そういうところが本当に可愛いよなあ、咲は。て、痛い! 何、今。何投げ付けてきた?」 「いいからそいつをさっさと寄越せ、この馬鹿」 思い付いた事柄を包み隠さず打ち明ければ、相変わらず咲は呆れた様子で溜め息を漏らしている。 全く意に介さず話を進めれば、プランターから小石を一つ掴んで投げ付けられ、物の見事に腕へとぶつかって地味に痛い。 照れ隠しに振るわれる暴力はなかなかに激しく、今しがたのような展開は日常茶飯事である為、すっかり慣れてしまっている。 「一気に入れちゃっていいのか?」 「加減はしろよ。溢れるくらい入れんじゃねえぞ」 「やだなあ。俺だってそれくらいのさじ加減はきちんと出来るつもりだぞ」 「どうだか……。お前、大雑把だし」 「え、そうか?」 「決して褒めてねえぞ」 へらっと笑えば、咲がすかさず釘を刺してくる。 「さて、やりますか」 準備良く、側へと置かれていたハサミを見付けて、手に取りながらしゃがみ込んで袋を起こす。 ぎっしりと詰まっている為に、なかなか重量もあり、投げ付けられたら痛いだろうなあなんて暢気な事を考えながら、上部へと切り込みを入れていく。 「それにしても、退屈しのぎにこうやって何かを育てようとするあたりが、何と言うか……お前らしくていいよな」 「……明らかに馬鹿にしたな」 「いやいや、そんな事はないぞ! ますますお母さんて感じだなって! この子達もすくすく育つだろうなあ!」 「……」 「あ、アレ? もしかして今墓穴掘ったか……?」 「お前を埋めるにはそんな土だけじゃ足りねえからなあ……。買い足さねえとな」 完全に目が据わっている咲を前に、ハハと乾いた笑いでごまかしながら袋を持ち上げ、プランターの側へと近付いていく。 見ていた咲が、敷き詰めていた石から手を引っ込め、いつでも大丈夫だと無言で促してくる。 じっとプランターを見つめ、正面にて陣取っている咲の側で、幅70cm程度の長方形へと様子を窺いながら土を注いでいく。 一気に傾ければ直ぐ様山になりそうなので、少しずつ加減しながら降り積もらせていき、咲は熱心に其処へと視線を向けている。 「大体これくらいかな。どうだ、もう少し足してみるか?」 「いや……、とりあえずコレでいい」 「そうか」 大分軽くなった袋を一旦置けば、手袋をしていた咲が土の表面を撫で始め、丁寧に平たくしていく。 黙々と打ち込む事が好きなようで、口では否定していても、実は料理等も楽しいのだろうと感じている。 そんな姿を眺めているだけで笑顔になれるのだから、本当に自分にとってかけがえのない存在であると改めて思う。 それと同時に、溺れたら失うのではと、時おり言い知れぬ不安に駆られる。 そうして、そんな罰当たりな事を刹那でも考えてしまう自分にどうしようもなく腹が立って、その繰り返し。 「栄養たっぷりか。野菜もすくすく育つって書いてあるし、楽しみだな!」 「枯れたらお前のせいだからな」 「大丈夫だろう。誰も彼も気になって毎日様子を見に来るさ」 「お前もか……?」 「ああ、もちろん。今はこんなに小さいけど、大事に育てていこうな」 再び苗を手にして、まだ芽吹いてから日が浅いであろう姿を見て、どう成長していくのか興味がある。 「何言ってんだか」 まだ小さく、可憐な葉に触れていると、視線の先で青年が微かに笑い、柔らかな視線を注ぎながら土を弄っている。 こんもりとしていた枯茶色も、咲の手によって均等に散らされていき、生育に重要な土台が時間を掛けて出来上がっていく。 「此処で色々育てるのもいいかもなあ。次はそうだなあ……、茄子やきゅうりでも作ってみるか? あ、枝豆という手もあるか」 「完全につまみ用じゃねえか。ったく、気が早ェんだよ。まだ何にも始まってねえってのに」 「はは、それもそうだな。考えるだけで楽しくなるから、つい先走った」 会話を楽しみながら、徐々に慣らされていく土を見つめ、日を追うごとに育っていく様を思い描く。 家族総出で経過を気に掛けている場面が目に浮かび、実れば即座に収穫されてしまいそうだと考える。 「こんなもんでいいか」 控え目に漏らされた台詞を聞いて、視線を注げば咲が土をぽんと軽く叩いており、いつの間にやらすっかり綺麗な表土が広がっている。 次はいよいよ植え付けだろうかと辺りを見れば、手にしている他にも二つ苗があり、無事に実れば相当な量になるかもしれない。

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